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発覚(改)

分けました。遅れてすみません。

 カート大陸北部、アズールの森。そこは”大陸の七大秘境”の一つ。季節により環境は激変することはあれど、とても生き物の住むことのできない他の魔境とは異なり、そこは少なくとも生物が生きていける環境ではあった。

 しかし、それはアズールの森が他の秘境と比べて安全だということではない。

 そこは世界でも最も食物連鎖の厳しい場所。内部には魔力の渦が数多く発生し、そこから生まれた大量の魔獣と魔植物が存在する。ギルドでランクSという判定を受けている冒険者ですら、その場所に入るのには尻込みし、世界に存在する名だたる強者もそこに行くことについては、急激に変わる天候、氾濫する川、また、多種多様な食人植物、毒植物、果ては瘴気の源泉、聖気などの障害の多さに決して踏み入ることはしない。

 なら何故、そんなところに魔獣達は住むことを選んだのか?

 答えは単純。そこに魔獣がいるのは、森でのそんな魔力の歪みの中から生まれたからだ。

 魔獣というのは通常の生物のように物質次元の肉体から親となる二つの個体から生まれてくるのではなく、この世界のありとあらゆる魔力の流れの歪みの中から殊更に歪んだ時にその歪みから血肉を得て誕生し、魔力の歪んでいないもの、つまりは世界に存在するあらゆる正当な生き物に敵意を持って行動する。この敵意というのは本能ではなく、本質であり、魔族、竜種、精霊種、無機族、あらゆるものが一度ならず襲われた歴史がある。

 現在でも魔獣が発生すれば、すべての生物種の敵として討伐することが一般に定着している常識であり、ほとんどの地域で魔獣は悪として認識、敵対している。

 例外として仙術によって歪みを解消された魔獣は新たに”契約獣”として世界に定着され、歪みを持たないもの他の生物とも対話可能ではあるが、そんな高等な戦術を使えるものは世界にも数えるほどで、一般にはほとんど使われず、また、仙術による魔獣の歪みの解消には、その魔獣と自分との間に大きな実力差が存在、つまりは魔獣よりもはるかに強くなくてはならないため、世界にも数えるほどしか契約獣は存在しない。


 幸運なことにアズールの森で生まれた魔獣は、すぐに森の過酷な環境にさらされることでその個体数を減らし、生き残った僅かな強力な個体も、今度は逆にアズールの森という特殊な魔力過剰の土地でしか生きられないほどにエネルギーを消費するように変容していたため、基本的に魔獣が森の中から出てくることは無く、森の周辺にいる生物や、近辺に住む人々も魔獣の襲撃に殊更に怯える必要は無かった。

 仮に出てきたとしても、生存競争に勝ち残れないほどの弱い魔獣であるか、季節ごとに予測ができる魔獣の増殖期に増えすぎた魔獣のあぶれた個体だったりで十分に対処ができた。

 つまり”触らぬ神に祟りなし”という故事成語の通り、人々は、いや、あらゆる知恵ある種族はその森の状態を遠目から観察することはあっても、森の三百メートル周辺にすら、決して近寄らなかったのである。


 そんな危険な森の奥深く、大体端から5キロほど入ったところ。一つの小屋が鎮座していた。

 小屋の外観はまだ新しく、外側はこの森でそこらへんに生えている木で作られている。

 耐震性を考慮してある頑丈な造りとは言えないが、この森で起こる局所的で突発的な強い雨風は立派に防げる小屋であった。

 そんな小屋の仕切られた内部の一室、部屋の主の趣味なのか、窓がなく光の射さない暗い一室で男が椅子に座り、机の上で頭を抱えている。

 机の上は暗い中に浮かび上がる白い紙が散乱し、時折男が唸っているので、何か恐ろしげなものが出そうな怨霊空間と化している。


「くっ・・・俺はどうすればいいんだ・・・・」


 苦悩する男の名前は神田千秋。

 異世界から召喚された元勇者であり、千年の封印をこそこそ逃げ出して自由になった人格破綻者だ。

 仮にかつて共に旅した連中が、頭を掻き毟り、苦悩する彼の姿を見たならば、明日は惑星が逆転し、流星群によって生物の全滅する心配をしただろう。

 あんまりな言い方かもしれないが、この男、かつて自分に魔力がないことを知って、魔王を殺すのに必要だからとか言って、全く迷わず、すぐさま自分の体で人体実験を行い、魔力を使えるようにした狂人だ。他にも数々の彼を知らない人であれば信じないような常識破りの逸話を保持している。そんなメンタルの持ち主がめったになく苦悩している姿を見ればその位の心配はするだろう。

 基本的に彼が必要と決めたことは、仙術、魔術、精霊術、竜言語、念、吸魔能力、魅了、瘴気、呪術……等々。種族特有とか言った言葉を無視して何が何でも習得している。たとえ才能がなくてもお構いなしに、だ。

 そんな彼を苦悩させている問題というのは、


「俺、淑女教育なんてしらねえよ・・・・」


だった。









 話は、森に乗り込み、襲ってくる魔物たちを出合い頭に千秋の愛刀の”折神(おりがみ)”でバッサバッサと瞬殺し、ついでに解体して今夜の晩御飯や保存食にしようと周囲の木を全て刈り、ついでにできた更地の真ん中に彼が一日で小屋を建設してその周りに魔術結界を張り巡らせ、その小屋の中で魔物の肉を燻製にしたり、普通に焼いたりして、晩御飯を弟子のリルと食べていた時に遡る。


「おれはいったい何をするんだ?」


 口に肉をモグモグ頬張りながら、リルが千秋に聞いてきた。

 そこに遠慮や気まずさは無かったので、千秋も「それなりにこいつも慣れてきたな」と思いながら今後の訓練予定計画を話す。


「まあ初めは体作りと勉強だな」


「ええ、勉強かよ」


 嫌そうに声を上げたリル。しかし、嫌がってもこれは必要な関門である。


「それを知ってるかどうかで成長が全然違うからな。諦めろ」


「ヘイヘイ。あ、やべ、ソースこぼした」


 肉の上にかけていた特製のソース(中身は森の魔物)をボロボロになってところどころ擦り切れている服の上に零してしまったリルは手でごしごしと拭っている。


「替えの服にでも・・・・ってなかったな。仕方ないしばらくそれ着てろ。後で服

を作ってやる」


「いいのか?」


 こちらを見てくる目には、多少の申し訳なさのようなものがあったが別にこの程度どうってことない。暇な時に森の植物から糸を作り出して布に変えればいいだけだ。


「どうせお前ももうすぐ成長するだろうから作ろうと思ってたしな」


「ホントか!」


 リルの瞳が輝いた。今まで孤児だったので服の替えなどなかったのだ。きっとうれしいのだろう。


「ああ、大体十三歳から男は成長期にはいるし――――――ってなんだその眼は」


 何やら千秋は先ほどまでは機嫌のよかったリルの色彩の異なる双眸にジト目で睨まれていた。何故だ? 疑問に思う千秋。

 リルの不機嫌の答えは予想外なものだった


「俺、女なんだけど」


「は?」


 その瞬間、千秋の時間は停止した。

ぎ、ぎ、ぎと首を回し、リルの方を見て一言。


「その体型で?」


「だらっしゃああ!!」


 いきなり飛んできた拳を受け止め、机の上で揺れて倒れそうになった木をくりぬいて作った即席皿を魔術の”固定”で停止させる。


「あっぶな! いきなり何すんだ」


「黙れ黙れ! 今日だけで三度はその言葉言われてんだよこっちは! そろそろ限界だ! 今ここで決着をつけてやる!」


「なっ!? お前の体型が男か女か判別出来ないくらい幼児体型なのは俺のせいじゃないだろ!! それに今はメシ食ってんだからおとなしくしろよ」


 千秋にとって相手が男なのか女なのかは骨格を見れば大体わかるが、リルは流石に幼すぎたし、口調で男だとばかり思っていた。


「人の体型にケチつける非常識人が今更常識言ってんじゃね――――――!」


 リルは掴まれた拳を支点にして机の上から蹴りを顔に向けて放つ。千秋はそれを後ろにのけ反ることで上手く躱し、席を立って一旦距離をとり、説得を試みる。


「まあまて。別にお前が幼児だろうと世の中にはそっちの方が好きだという変態もいる。だから安心して――――――」


「うわあああああああ」


 突然飛びかかってくるリル。まあ当然の反応だが。

 結局その後、小屋を出てからの場外乱闘に発展し、千秋とリルは晩御飯を食べられなかった。

 それが一週間前の出来事である。





















 そしていったい何に彼が悩んでるのかというと、リルの教育を一体どうしようということだ。

 誤解してはいけないのだが、別に千秋は女性はすべからく淑女であるべしなどとは思っていない。

 そんなことを言っている余裕はかつての戦争では無かったし、彼自身淑女という人種が殊更に好きなわけではない。

 では何故彼が淑女教育で悩むのか? 答えは彼の育ての親にあった。

 彼を育てた女性は精神的にも肉体的にも恐ろしく強く、そしてそれ以上にその強い自分を第三者から隠すことに優れていた。

 もう、彼女のことを詳しく知らない人がみたら、「なんと美しい。現代の大和撫子はここにいたのか!」とかいうレベルであり(実際にそう言った剛の者もいた)そんな彼女の姿が千秋にとっての強い女性のイメージとして定着してしまったのだ。

 実際の彼の育ての親はただの猫かぶりで、ええかっこしいであっただけだったのだが、彼女に対してだけは純粋な千秋はそれを彼女が言っていた「これも淑女教育の賜物ね」というセリフを「淑女教育は相手に実力を悟らせない凄い技術である」と信じ込んでしまった。その後、その感想を知った育ての親が何度か間違いに気づかせようとするも全て謙遜であると思われ、キラキラした瞳を向けられ断念した、というのが真相である。

 つまり千秋にとって強い女性=淑女の嗜みも完璧、であり、リルを強くするといった以上、女性と分かったからには淑女教育を施さなくてはいけないと感じてしまったのだ。


「うう……こんなことなら淑女の訓練うけときゃよかった……」


 そんなことを言い出し始めた千秋。実際に受けたいと言っていたならば、その女性になにをしてでも阻止されていただろうことなど彼には知る由もない。


「師匠! 不味いぞ……です。魔獣が来た……ました」


 時折、次の言葉は何だったかを考えるように言葉を区切る妙な言葉づかいでリルが暗室に入ってくる。それは淑女を知らない千秋が苦肉の策として敬語(というか丁寧語)を使うように、と厳命したからだ。

 未だなれないリルは、言葉がおかしくなってしまう。


「ああ分かった。すぐに行く」


 千秋はリルのおかしなところを突っ込んだりからかったりすることなくそう答えて小屋の外へ向かう。

 彼はここ最近、リルには体を鍛えさせ、勉強させる合間に、襲撃してきた魔物と戦うのを見せて、鍛えるということをやっていた。

 超一流の評価を受けるランクSの冒険者が数人がかりでやっと倒すような魔獣を「相手の魔獣が弱すぎて手加減しようにもできないし、意味がない」と言って素手で戦うのを見せている。通常、そんな光景は何の指標にもなりそうにないが、速い動きに目を慣らしたり、魔獣の巨体にも通じる技の使い方などを見せることに特化して戦っているので彼はそこんとこ気にしてなかった。

 ちなみに、副次的産物としてリルの高評価も受けていたが、彼はまったく気づいていなかった。


「今日の魔獣は何かな~っと」


 晩御飯何かというような気楽さで小屋の外へ。そこには体の異常に肥大した人型の「悪意の巨人デビル・オーガ」の堂々たる姿があった。

 体からは瘴気が立ち上り、その瘴気が掠れば体にただれたような傷と三か月は苦しむ呪いを負わせられる危険な魔物。また、発達したその体躯から繰り出される攻撃は、闘気などの強化無しで、直径3メートルはある大木をやすやすとへし折る。 中級までの魔術は体から噴き出す瘴気のせいで構造式を破壊され効かず、万が一遭遇したときには死を覚悟した方がいいと呼ばれるほどの怪物であった。


 しかし千秋は、


「今日はまた随分と弱い奴が来たな」と少しも動揺しない。

 確かに世間一般では危険とされている魔獣ではあるが、この森の中では弱者の分類だ。力と耐久力は及第点だがこの森では両方ともにさらに強い存在がいるし、何より動きも結構遅い。彼にとってこの森ですら庭のようなものである以上、目の前の巨人も全く危険ではない。


「師匠。今日はどう……するんですか?」


 今までそんな感じで襲ってくる魔獣を全て排除してきた姿を見てるので、巨人の圧迫してくるような瘴気の波動にもリルは落ち着いたものだ。


「とりあえず食えるとこないし、肉体戦で壊した後は魔術で焼却処分だな。後始末の準備はなしでいいぞ」


「分かった……わかりました。見とく」


 ところどころ言い間違えてはいたがしばらくはそんなものだろうと流して千秋はオーガと向き合った。あちらさんはどうやら無視されたことが気に障ったようで、鼻息がずいぶん荒い。


「さて、さっさとやろうか」


 挑発してやるとオーガはそのまま飛びかかってきた。




次回、バトル回。そしてモフモフ。

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