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始まりに教えること

 小さな石が空を舞う。

 おおよそ、成人男性の親指の第一関節ほどのサイズ。大きさに比例して重さは軽く、宙を舞って飛んできた小石が服の上から当たっても、そんなものでは子供でさえ痛がらないだろう。そんな痛みもない危険性の無い代物。

 人体の構造上眼球に当たると不味いかもしれないが、そんなもの体表の面積の割合からすれば殊更に取り上げるほどの危険でもなければ、常に備え続けないといけない問題でもない。

 あっても無きが如しと無視をできる軽い石。

 だが、それを避けるとなるとどうだろうか。


「ほら、動きが鈍ってきているぞ」


「くそ!」


 リルは千秋の指摘に悪態をついて、前方、千秋の方から飛んできた石を右方向に飛びずさることで躱す。避けた先の地面は少々緩く、足元がふらつくがなんとかこらえる。

 そうして一つ避けたと思って安心したのもつかの間、今度は右に避けた自分の左側に瞬間移動と見まごうほどの速度で移動していた千秋から石が飛んでくる。 

 それを全力でしゃがんで避けた。


「その躱し方じゃ、後が続かないぞ」


 千秋がそう呟いて一度に投げてくる石の個数は計七個。

 しゃがんだ自分に向けて広範囲にわたって向かってくる小石。

 空いているのは、上空しかない。それ以外は左右に避けきることはできない。

 誘われていると分かっても飛び上がるしかなかったリルは、ちょうど飛び上がった高さが最高点に達したところで、千秋の石の洗礼を受けた。

 しかし、当たったからと言って小石の弾丸は止まらない。


「っつ!」


 下りたところに狙って飛んで来た石を地面に自分から回転して避ける。

 そうしてリルは千秋から投げられる小石をひたすらに躱し続けていった。


















「はあ、はあ、はあ」


「これで大体はわかったな」


 昨日の内に、アズールの森についてから森の中に入る前に、森手前の草原で朝から昼にかけての午前中の全てを使い、千秋はリルに「自分の投げ続ける石を躱し続けろ」という最初の訓練を課した。ぶっ続けで約五時間。飛来する小さいが故に早い小石の弾丸を、体勢を崩し、少々当たりながらでも、体力が尽きて緩慢な動きしかできなくなってくるころまで、ひたすら投げて、躱させた。

 そのせいで、リルは昼前だというのにもうすでにへとへとに疲れ切り、五体を投げ出して、地面に仰向けに倒れ伏している。息は荒く、細い体からは汗が絶え間なく噴き出している。

 そんなフラフラな状態になっても最後まで躱し続ける訓練を終えたという根性は目を見張るものがあると、千秋はリルの評価を少し上げた。

 少しだけだったのは無論、他に減点対象があったからだ。


「おい、弟子。今、俺が何が分かったのか。分かるか?」


「はあ、はあ、ちょ、っと、待てよ、はあ、俺には、お前が俺を、いたぶる趣味、があったとし、か分かんない、ぞ」


「違うぞ。人聞きの悪いこと言うな」


 ところどころで不恰好にきれた言葉を理解して、とりあえず否定の言葉を言っておく。

 そこにきつい訓練を無事終えた事に対する感心はあってもリルに対する心配は無い。

 今千秋の測った通りならば、これから行うことになる訓練はこれ以上に厳しくしていかないといけないのだから。


 「今の訓練で測ったのはお前の戦闘における才能、いわゆるセンスだな。直感と言い換えてもいいかもしれないが。おおよそのことは今の動きを見ていればわかる」


 そう。彼が測っていたのはリルの能力、才能、機転などの生き残るのに必要な技能各種の水準だった。

 

「結論から言うとお前は大した才能じゃない。特に才能があるというわけでもなければ、全く才能がないというわけでもない。いわゆる普通の人間だ」


 まあもしリルが百年に一度とか千年に一度とかの才能があったならば、あそこで三人くらいのへぼい少年たちにいいようにやられるわけもない。ある意味当然の結果だった。

 リルはそれを聞いて音をたてて歯軋りした。体力の尽きかけで、言葉を発する気力もないはずのリルの歯軋りが離れたところに立つ千秋の耳に入るほどの大きさということから相当の悔しさがうかがえる。

 しかし千秋はそんなリルを見て、おいおい、と言葉を放つ。


「それでもお前は俺より才能はある。まあ、部分的なところに関してだが」


 千秋の矛盾したようにも聞こえる言葉に、多少回復してきたリルは噛みついた。


「下手な慰めはよせよ! 今お前が言ったじゃないか! 才能がないって!」


「ああ。だが――――――才能だけが強さじゃない」


 リルの噛みつきにも冷静に答える千秋。その顔にも、声にも一切のおふざけの色は無い。


「いいか? 才能だけでこの世にいる奴らの強さが決まるわけじゃない。そんなことを言うなら最初に魔力を扱えなかった俺はこの世で一番弱くないとおかしい。だが、俺は数々の戦場を相手を殺すことで生き延びた。もちろん実力で、だ」


「は、ははははははははは! ふざけんなよ! この世に魔力を扱えない生き物がいて堪るか! 魔力を扱えなかったら生き物は生まれてすぐに死んじまうことくらい孤児の俺だって知ってるぞ!」


 確かに、リルの言ったことはこの世界の常識だった。魔力という不思議物質が生物の生命活動に関係してくるこの世界で、魔力を扱えないというのは息が出来ないということに等しい。そんな生き物は生まれてすぐに死んでしまうし、ならば千秋の言ったことは虚言であるとリルが判断しても無理はない。

 しかし千秋は異世界人だ。日本から召喚され、強制的に戦うことを運命づけられた存在。だというのに特別な異世界補正などのご都合主義な救済措置は無かった。

 あったのは自分の十八まで生きてきて身に着けた知識と戦闘技術が少しのみ。

 魔力なんて欠片もなかった


「残念ながら、というべきか。俺は実際に十八の年になるまで魔力を扱えなかった。まあ詳しい話はあとで教えてやるが、少なくとも魔術も仙術も俺は扱うことは無かった。なぜなら俺には魔力がなかったからな」

 

 怒りをあらわにしたリルに対し、淡々と言葉をつづける千秋。

 まあ自分が魔力がなかったことなんて信じてはもらえないだろうし、こちらを睨んでくる目は変わらないが、別にそこは重要な事じゃない。

 大事なのは目の前の子供に、才能がなくとも強くなることを納得させることだ。


「でもあんたは衛士達を倒すのに魔術を使ってただろ!」


「ああ。ちょっとした実験の結果な。俺は魔術を使うことができるように、正確に言えば、魔力が体に蓄積できるようになった」


 実験とはいうがその内実は自分の体内に魔力を貯めるための余地をつくるために、全身の気孔と呼ばれるところに魔力伝導性の高いミスリル針を差して、その針から電気を流すような感じで全身に強制的に魔力を循環させ、一か月ほどそれを繰り返して魔力の入る余地をひねり出すという手法で、魔力の存在しない体に魔力を突然流したその実験は、精神にダイレクトに痛覚を訴えてくる拷問だった。

 かつての罪人の処刑方法の記録から死亡時に魔力の総量が増えたという記述を探し出し、覇王の国の図書館の禁書区画に埋まっていたところから引っ張り出してきたその方法は、当時、精神が最後まで持った人間でも一週間というリスキーにすぎる選択だったが、他に魔力を後天的に体に蓄積できるようにする方法が見つかることはなかったし、時間も無かったのでさっさと行った。

 周りからは「馬鹿なことは止めろ」とか言われたが知ったこっちゃない。やらねば死ぬ。だからこそこそ隠れていたマッドサイエンティストを見つけ出し、「実験しないとばらすぞ」と脅してやらせた。

 その時の副産物として、魔力の性質のようなものや、本質に近いことを理解できたのはうれしい誤算だった。そしてその時得た知識が正しかったということは、彼の実力が示している。


「そ、そんな実験聞いたことないぞ!」


「倫理面から禁止されてたからな。まあ、そんなのことはどうでもいい。本当に大切なのは魔力の使えなかった俺ですらここまで強くなれたんだ。なら、魔力を持ってるお前なら?」


 そこで言葉を区切ると、千秋の言いたいことがようやく伝わったのかハッという顔になる。 


「信じる信じないは別だ。ただ俺は魔力を持たないものでも使えるようにする方法を知っているくらいには魔力に詳しいし、それ以外の術の特徴にも詳しい。もし、お前が自分の意思でそれを学びたいと言えば教えてやるくらい俺にとって造作もない」


「……どうしてだ? どうしてそんなことを俺に教えてくれる気になったんだ?」


 リルがこちらに疑念と不安の入り混じった視線を向ける。そこまで知っている人物が他にもまだ強くなる人間がいるというのにわざわざ自分を鍛えようと思ったことに得体のしれないものを感じたのだろう。

 しかし、そんな理由。千秋にとっては水が流れ落ちることよりも自明のことだ。


「お前が俺に似てたからだ。才能も力も無く、周りから冷遇され、虐げられる姿が。これで納得がいったか?」


 挑発的に、まるで同情したからといった言葉は確かにリルのプライドを傷つけたはずだが、千秋の予想に反して、リルは激昂しなかった

 ただ、強い決意の浮かぶ凪いだ瞳で聞いてきた


「俺でも強くなれるんだな?」


「最初にそう言っただろう。まあ、お前の心が折れなきゃな。この森でやる予定の修業は厳しいし、お前は才能にあふれているわけじゃない。森自体の環境も魔力場が乱れまくってて人の住めるような環境じゃないし、三日と持たずに倒れる可能性もある。逃げるんだったら今からでも遅くないぞ?」


 千秋は敢えて脅して見せるが、リルにひるむ様子は無い。


「俺は、あんたから形見を取り戻してやるまではあんたを逃がす気はない」


 ゆっくりと告げられた宣言に対し、千秋はニヤッと笑うと


「了解だ」


 と答えて倒れていたリルを引き起こす。

 そのままリルを立ち上がらせて、「ついて来い」と告げて、千秋は森の方に歩いて行く。

 そしてスラリと千年前からの自分の愛刀を引き抜いた。


「まずは森の拠点づくりからだな。どうやって俺が武器を振るっているのかをよく見ておけ、そして体重のかけ方、足運び、刀を振るう前の予備動作、全部細かく分析していけ。体術は基本的にそれで習得できる」


 こっくり頷いたリルを確認して、前方の森に向き直る。

 鬱蒼と森が茂って先の見えないおよそ三十メートル先、自分の耳に大型の魔獣の呼吸が聞こえた。


「じゃあ、修行の開始だな」


 そう言って、二人は森の中を突き進んでいった











 千秋さんはリルには実験的なことはしないですよ。

 あくまでも普通に育てます。念の為

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