森へ(改)
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仙術。古くは闘気術といわれ、肉体に宿る魔力を魔術のように術式を編む工程を経ずに、魔力の状態のまま扱って、人体を強化したり癒したりする効果を求めようとして発展した技術。
魔力というのはそもそもなんらかの精神の働きによる影響を強く受ける。
それは魔力が精神から湧き出ているなどの諸説あるが、一般にはその性質は常識として広く認識されていた。
そして太古の人々は、その性質を利用して、効果的に魔力による事象の変換を起こす方法を模索し、それを魔術として発展させ、魔力に上手く形や意味をつくることで、世界へと干渉した。つまり最初期のころは、魔力そのものを何らかの力に働きかける道具としては使っていても、魔力自体に何らかの効果があるとしては使ってはいなかった。
そんなある時、とある村の一人の少女が偶々自分の魔力の操作の練習で、魔力を纏った状態で行った力仕事が、いつもよりも楽に終えることができたことに気付いた。
その発見をした少女はそれを親に伝え、親が村長に、村長が領主に、領主が王と、伝聞形式で国中に広まった。
この効果は、後からどんな人物がやっても同じ効果が出たので、国をあげて理由を確かめることになり、研究の結果、魔力の”精神に引きずられる”という性質が人体の性能の向上に関係していたことが分かった。
つまり、魔力を纏って力仕事をやろうとするならば、その纏った魔力に”力を加える”というイメージが伝播し、イメージを持った魔力が無形の力となって人体の動きを補助、結果としていつも以上のパフォーマンスを発揮できたというわけだ。
例えるならば、強いイメージや集中力をもったアスリートが潜在能力を引き出すことで、肉体の極限を発揮できるのに近いかもしれない。
異なる点は、それが魔力という形で第三者から見ても効果が明白に分かるということ。そして、肉体の限界ではなくイメージの限界に発揮できる効果が付随すること。
そのことを発見した人々は長い月日の間に、”いかにして魔力のままでよりよい効果を発揮するか”ということに注目し、初めは闘気、のちに仙術へと名前を変え、現在まで研究が続けられている。
現在仙術は千年以上の歴史を誇り、その開祖である仙女サラは闘気――――――仙術の達人であるがゆえに不老となって、今なお仙術の奥義を窮めんとどこかの秘境で修行を繰り返していると云われる。
そこに弟子入りする人物なども絶えないようだが、一般の国などの闘気―――――仙術の訓練方法と違い、あまりにも厳しい訓練にやめていくものも多い。
何が言いたいのかというと、そんな長い歴史を持つ仙術を頂点に近いほどに極めた者は、爆発的な身体能力や運動性能、回復能力、頑強な体を得ることができるということだ。
ちょうど今、子供を担いで、無表情に草原を駆けている黒服の男のように。
「ししょおおおおおおおおう。ちょ、これ早すぎ。早すぎだって。」
「ああ!?。大丈夫だすぐ慣れる。俺もそうだった。まあ久々にやるから調子を忘れたけど」
「それ大丈夫じゃねえだろおおお。やばいって。死んじゃうって。こけたらいろいろ終わっちまうってってええええ」
「うるせえな。舌噛むから口閉じとけ」
「むぐっ!?」
子供――――――リルが叫んでいたのを軽く流し、黒服の男――――――神田千秋はリルの口を塞いで、会話を終わらせる。
今、彼らのいるところというか、千秋がリルを強引に担いで走っているところは、だだっ広くて何もないことで有名なスマート草原だ。いったい誰が何の意図をもって名付けたのか、千秋には安い通販商品にしか聞こえないその草原を周りの風景がかすむほどの速度でひたすら駆けている。
時速600キロほどで。
人間には本来、息もできない環境であったが、魔力による強化を千秋とリルの体の表面を覆うようにして使い、向かいから吹いてくる風に対して、そよ風が吹いている程度しか感じないほどに体を頑丈にしている。
ちなみに会話の方は、耳と口と呼吸器を強化するイメージで強引に使えるようにしている。とはいっても、保険としてもののついでに魔術で自分の周辺の空気をまるで壁のように引きずっていることで特に意味は無かったが。
「むむぐぐぐ~(せめて持ち方変えろ~)」
必死に唸り、リルはその手を外そうと両手を使って口に当てられている手を取ろうと動くが、魔力の強化をして押さえている千秋にはそんな抵抗では意味がなかった
「なに言ってるか分かんねえよ。弟子。ついてから聞くからとりあえず黙って動くな。疲れるだけだぞ。お、あそこにいるのは牛の群れだな。美味そうな見た目してる。よし、突っ込むぞ」
彼のギアがさらに上昇し、群れでいた赤い大きな牛の怪物に向かっていく。
それは遠目から見ても、こちらより二回りは大きい上に、なんか群れで勢いよく走っている。
「むうううう!?(それ魔物の群れじゃないか!)」
残念なことに、目の方はばっちり開いていたリルは、牛たちが凶悪な攻撃力を持った魔物の群れであることに気づき、悲鳴を上げるがそれが言葉として意味を成すことは無い。
千秋は嬉しそうな表情で、どこからか剣らしきものを取り出し、右手に持って既に戦闘態勢だ。
こうしてリルの悲鳴は無視されて、千秋と二人で走っている魔物の群れに横合いから強引に突っ込んだ。
リルが地面に四つん這いになって、ゼハ~ゼハ~と緊張に乱れた息を整えていると、いい運動した、とでも言うように千秋が牛の魔物を担いでやってきた。
どう見ても200キロはくだらないその体躯を軽々と下から持ち上げて、足が地面にめり込みながら運んでいるのを見て、リルは千秋は絶対に普通の人族ではない、と確信した。
鼻歌まじりに牛の魔物の堅い肉をどこにでもありそうなナイフで捌いていく。
それを見てはあ、とため息をついたリルは自分が何故、こんなところにいなくてはいけなくなったのか。その原因を回想し始めることにした
「そうと決まったらとりあえず、修行場所を選ぶためにも地図を買おうか」
千秋はそう言って、リルの手をつないで町の大通りの方に向かっていく。リルは手をつなぐのを嫌がったが、「はぐれそうだしさっさとしろ」と強引に千秋に掴まれた。
今まで自分のことを忌み子として嫌ってきたものしかいなくて、触れれば感染るとでも言ったような扱いしか受けていない自分を、何の気負いも決心もなく、自然と手を掴まれたのは一度もなかった。
七年間、育ててくれていた母親ですら自分に触る時には一瞬の間があったというのに。
つないだ手はポカポカあったかいとは言わないにしても、ひと肌というのを長いこと感じていなかったリルはその感触が妙に嬉しかった。
そうしてしばらく浮かれていたのが不味かったのか。
「おい! いたぞ!」
「そこの黒服! 止まれ!」
「あん?」「あ」
千秋とリルが振り向いた先にいたのは、嗅覚に特化した犬の獣人の衛士らしき二人組。
「逃がさないぞ!」といった雰囲気で人ごみの合間を器用に潜り抜け、こちらにぐんぐん近づいていてくる。
「あ~やっぱさっきの不味かったか。しかし対応が早いな」
「ど、どうするんだよ!」
呑気なことに空いたもう一方の手で頭をかきながら、冷静に考察している千秋。
リルはそんな呑気な千秋に焦りと怒りを隠せない。
「ま、不味いって。あいつら獣人はどんなに逃げても、追って追って追い続けてくる。それで捕まった孤児も何人もいるんだ」
だから早く逃げよう、それができないなら撃退しよう、と思ったが千秋はリルの斜め上を行く。
「ふはははははははは! 俺と鬼ごっことはいい度胸だ! 受けて立ってやる!」
「え!? ちょ、!」
そう叫んだ千秋はリルの首根っこをひっつかみ、人混みの中から五メートルほど跳躍して、大通り沿いの民家の屋根の上に立つ。
そしてそのまま重心たちの来る方向と反対方向に、全力で駆けだした。
「さあ行くぞ! 舌を噛むんじゃないぞ」
「わあああああああ! 離せええええええ」
そして千秋は犬の獣人を振り切り、町から大脱走を始めた。
それがつい三時間ほど前の顛末だ。
嬉々として目の前で魔物をさばいていく千秋。その姿のどこにも三時間ぶっ続けで走り続けた疲労は見えない。
本物の怪物だ。リルは心の中で悪態をついた。こんな見かけ上、女か男かよくわかんない男のことを信用した自分はどうかしていたんじゃないだろうか。何であの時声をかけてしまったのか。
あっさりと立ちふさがる自分を長く虐げてきた敵を倒していく姿をかっこいいと思ってついて行こうと直感的に決めたのだが、どうやら自分は想像以上の怪物を引き当てたらしい。
じっと睨んでいると、何を勘違いしたのかしばらく首を傾げて、ほれ、と言って何か袋を渡してきた。
中を見ると肉の串焼きだった。残りは一本。
「それ食えよ。冷えててもたぶんいけるはずだ」
と言われたがリルは困惑するしかない。
なにせ人から何かをもらったことなんてほとんどない。
育てられていたときも、食事らしいものも与えられた記憶は無い。
ただ、定期的に机の上に置かれた食べ物を死なない頻度で食べていただけ。
「食わないのか?」
不思議そうに千秋が聞いてくるも
「食っていいのか?」
リルはそう聞くしかない。
最後の一本でもあるし、自分が食べてはいけないと理屈の分からない罪悪感を心のどこかで感じたのだ
千秋の質問に聞き返すと、千秋はあ~、とどこか遠い目をして何かを思い出すように空を見ながら言う。
「「私がお前を拾ったんだから、衣食住の面倒くらい私が見てやる。てか見せろ」だったかな……。まあとりあえず食っとけ食っとけ。お前は痩せすぎだし、今後そのまんまだったらお前をしごいたらすぐ倒れそうだしな」
何より俺はもう食った。そうつづけられた言葉を聞いて、リルは考える。
前半はまるで台本を読んだようなすごい棒読みだったが、後半の話はもっともらしく聞こえたし、一番最後の言葉は自分の罪悪感も無くしてくれた。なので素直に頂くことにする。
「ありがとう」とお礼を言うと、意外そうに目を丸くしてこっちを見てきた。
「お前礼を言えたのか!」
あんまり驚いた口調なので怒るより先に呆れてしまう。
「母親に言われたんだよ。「今後あんたに何らかの施しをしてくれた奴には礼を
言っときな。あんたの容姿を気にしない奴は貴重だよ」って」
そう言う本人は、こっちの容姿を気にしまくりだったが
「へえ。よくそんなこと覚えてるな」
「まあ、七歳くらいまでは母親も生きてたしな」
感心したような千秋の口調に、そう答えて先ほどの千秋のように空を見るリル。 あの頃から目の色で迫害を受けていた心には、そんなやつはいないものだと思ったものだけれど。
目の前の人物はそんな自分の狭い了見を崩してくれた。
少し感傷的になっていると、千秋が何やら重々しい雰囲気で口を開く。
「おい・・・お前今七歳っていったか?」
何やら奇妙な顔でこちらに聞いてくる千秋。否定する理由もない真実だったのでコクンと頷く。
「お前今何歳だ?」
「十一だけど?」
正直に答えたところ、千秋はピシッと固まった。
しばらく固まっているのでどうしたのか、どこか痛めたのかと心配し始めたところで、急に千秋が叫んできた。
「それで十一? 冗談も大概にしてくれよ! どう見たって五歳児じゃねえか!」
「な・・! なんだと!!」
心配してた人物の馬鹿な発言に頭にくるリル。しかも自分のひそかに気にしてたことを言われて叫び返した。
「誰が五歳児だ誰が!! 栄養が足りなかったから成長しなかっただけだこの馬鹿!!」
「どんな言い訳しようとお前の見た目は五歳児じゃねえか!!」
「ンなこと言ったらお前の見た目なんか十五、六くらいじゃないか! 見かけも女みたいだし! ほとんど変わんねーんだ。馬鹿にすんなよ!」
「あほか! こっちはとっくに成人しとるわ!! ついでに言うと俺は女みたいな見かけじゃねえ! 中性的なだけだ!!」
「誤魔化しただけだろ!!」
「言ったな!!」
その後、そんな風にぎゃいぎゃい20分ほど言い争った。
「今なんて言った?」
「だから、次はアズールの森へ行く、と言ったんだ」
「はあ!?」
リルが次の目的地を地図もなしにどうやって決めるのかと千秋に聞いたところ、千秋が何でもないように言ったのは、”七大魔境”として大陸に住む者なら孤児でも知っている危険地帯の名前だった。
「ど、どうして。衛士たちの追手から逃げるんだったらほかにも逃げ道はあるだろ?」
リルの言う通り、例え指名手配されたとしても衛士から逃げる道は大量にある。
だというのに魔境を次の目的地に選ぶ千秋の考えが読めなかった。
「衛士? 何を言ってる。あんなん関係ないぞ。理由は二つだ。一つ、修行するにしても少しは歯ごたえのある敵のところじゃないとな。つまらん。二つ、森の中という環境は引きこもるのに最適だ。久々に行っておきたい」
返ってきたのは理論性という言葉の全くない気分のみで決められた言葉。
リルは理論性という言葉は知らなかったが、それがむちゃくちゃ理不尽なのはわかった。
「なんだよその個人的な理由!!」
「まあ冗談だ」
「なんだよそれ!」
上げて落とされたリルは地面に四つん這いになった。千秋はそれを見て、こいつノリがいいなと思ったりしている。
「まあ理由としては、栄養価の高い魔獣が多いこと。辺りや人目を気にしないで修業できること。ついでに環境的にもあそこはいい訓練場になるし、何より俺はあの森以外の鍛錬にピッタシなとこ知らんしな」
だから地図を買おうと言っているのに千秋にはリルの言葉は通じないらしい。
それに、と千秋は続けて
「俺にかけられる追っ手を撒くならここから離れたあそこがいいしな」
などどのたまった。
リルはそれを聞いて、追っ手をかけられるような危険人物である千秋から逃げたくなったが時すでに遅し。
もう自分のいた町は影も形も見えない。
どうやら自分はこの不思議で傍若無人な男としばらく一緒にいることになるらしい。
千秋が地面に座り込み、捌いた肉を火であぶり始めたので、リルもその隣に腰かける。
「はあ、とりあえず1か月は運動と栄養療法だな」
「修行をつけてくれるんじゃなかったのか?」
「やかましい。そんなもんは幼児体型卒業してから言え」
「!! この野郎!」
そんな会話とじゃれ合いをしてから少し仲良くなった二人は、その後何日か日数をかけて、泣く子も黙る”アズールの森”に到着した。
なお、道中の人力ジェットコースターに何度もリルは絶叫する羽目になり、その度に千秋から離れることを真剣に考えたが無駄に終わったことを付記しておく。
明日は無理かもしれません・・明後日には絶対出します