神田千秋という存在(改)
前半主人公外道。後半重い話。こんなん誰が楽しむんだ。
主人公が勝手に動かなくなって話を分けました。
三人の少年のうち、体格のいい一人が幼い子供を何度も何度も蹴りつける。
腹部、頭部、背部への容赦のない蹴り。その打撃の内の一発が鳩尾に入ったのか、子供は苦悶の表情を浮かべ、両腕を交差するように、腹部をかばった。
蹴りから身を守るような態勢を見て、蹴っていた少年は縮こまった子供の襟首を掴み、正面の家の石の壁へと叩き付けた。
子供は、守っていた両腕がはずれ、壁に大の字になるようにうちつけられた後、堪らず地面に倒れこむ。
そこに残りの二人の少年たちも加わった。
「おいおい。まだまだおねむの時間には早い、ぜ!」
「そうだな。お前はまだまだ苦しむ必要があるんだ」
ノッポのひょろい少年が右足で蹴りつけ、デブの脂ぎった感じの少年がふみつける。
「がっ!ぐっ!」
ノッポに踏みつけられた背中を強打し、子供は肺から空気を吐き出す。そこにデブの足が乗っかって、さらに体を痛めつけられる。
一体何があってこんなリンチまがいのことが起こっているのか、状況を把握しようと周りの人物の顔色を見れば、嫌なものを見たとでもいうように顔を顰める者、子供が痛めつけられる様を見て喜色を顔に浮かべるもの、近くでひそひそと楽しそうに話している買い物帰りの主婦たちなど、誰も進んで止めようとしない。いや、むしろ少年たちを賞賛するような雰囲気すらある。
異常な状況の中、千秋は耳を澄まし、彼らのさざめきの様な声の集まりを一つ一つ聞いていくことで事態の把握に努める。
「やだわ。あの子まだいたの?」
「本当に忌み子なんだからさっさとどこかへ消えてくれればいいのに」
「今回もまた盗みでもしたんでしょうよ」
「どこかで野垂れ死んでくれないだろうか」
「魔獣の前に出してみようか」
「いっそ人買いに狩られればいいのに」
「あの忌み子の容姿では無理だろう」
聞こえ漏れてくる声はその場にいた全ての人から音の振動として一つも漏らさず彼の耳に伝わってくる。
眉を顰めたくなるような話を嬉々とした様子でしている者、心底いやそうな表情でしている者、大別して二つの様子に分かれるも、誰一人として子供の味方は居ないようだった。
子供の様子をつぶさに観察すると、どうやら左右の眼の色が違う。
右が碧、左が蒼の神秘的と言っても差支えない容姿だがそれが町の住人から排斥を受ける原因になったのだろう。
人種の入り乱れた町の中でここまでの偏見が根付いていることに疑問を感じながらそんな憶測を立てる。
衛士とかなにしてるんだ? そう疑問に思い、集団の後方の少し離れたところを見ると、簡素な鎧に身を包んだ、見ただけでわかる雰囲気の悪さを醸し出す、人相の悪い二人組の衛士が何やらにやにやお互いに笑って話し合っている。
どう見ても職務中とは思えない態度、魔力により強化した聴力を使って、彼らの会話を聞いてみる。
「おいどうだよ。今回はあの餓鬼何分持つと思う?」
「さあなあ。この間は根性出して五十分は持ったからな……。そのせいで俺の懐は淋しくなったんだ。今回こそ根性を出して、俺に還元してくれることを祈って、五十分」
「仕方ねえな……。じゃあ俺は今日は三十分といったところだな。今日はあいつら三人にいっぺんにやられてるし」
「へえ、いいのか? 今日は俺の勝ちだぜ」
「せいぜい、いい夢見てろよ」
聴力強化した耳に入ってきたのは汚いだみ声のそんな台詞。間違っても目に入れたくない人種であり、聞いた範囲でも前に子供がぼろぼろになる時間を何回か賭けの種にしたようだ。一般の人にとってはそんな人物に天誅を下さんと義憤溢れるところだろう。
だが、
「さてと、今日は宿で寝ようかな」
千秋は見て見ぬふりなどせず、堂々と子供を見捨てる決断をして、町の雑踏の中に踵を返す。
リンチの状態を見る前までと何も変わらぬ歩調で、集団を抜けて、反対側へ行こうと人の間を押しのけていく千秋。憐れな子供を解決できる力をもちながら、彼は解決するという選択肢を選ばなかった。
彼にとっては虐待されている子供なんざ世界に何人も存在しているし、その中の一人をどうしても助けたいという善人願望はまったくない。故に今ここで子供を助ける義理もないし、無論のことながらやる気もない。
そもそも彼にとってのこの世界というのは、千年前に無理やり召喚された場所であり、そこに住む覇王と自分を元の世界に返してもらえるはずの契約を結んだにも関わらず、その契約者は自分を裏切り、そして同時に、彼を排斥、封印するために、あらゆる種族の結託を呼びかけ、それに応じたもの達ばかりのいる場所である。その時までに勇者としての責務の全てを問題無くこなし、共に戦った仲間の剣聖のように、特に問題も起こさず、戦いを続けて、最後には馬の合う魔王の殺害まで行わせたというのに。
基本的に、憎い存在は忘れておこう、見ざる聞かざる知らざる、というのが千秋のモットーの一つであり、物事をその通りうまくいかせて、のんびり生きていきたいのが彼の願望。彼は出来る限りそれにそくし、平穏無事な毎日を送りたいのだ。 つまり、煩わしくかかわってくる人のいない雄大な大自然の中や、暗い洞窟の奥深くで引きこもり、余生を過ごすことこそが今の彼の目標である。
町の住人でない自分がここにいれば、厄介ごとに発展する可能性もある。日頃とは違うイレギュラーな自分の存在は、日常の一コマであるこのリンチに何らかの形で干渉して、自分に厄介ごとが来るかもしれない、そんな偏執的なまでの警戒から、足早に立ち去ろうとする千秋。
しかし、少し遅かったのか、そんな彼の周りにいた人だかりの集団が、突然何かを避けるように左右に割れて、先ほどまで集団の中心で踏みつけられて、蹴りつけられていた件の子供が、千秋の足元周辺に飛んできた。
飛んできた方を横目で確認すると、先ほどの何人かリンチに加わっていた少年達が、協力してこちらにブン投げてきたらしい。
見てるだけでイラッとするような優越感に満ちた表情はひたすらに気持ち悪い。
「ほらほら~どうした? これを取り返すんだろ?早く取り返さないと壊しちまうぜ? なあ?」
「がははは。そうだなこんな貧弱なもんは持ってるだけで曲げちまいそうだ」
「おいおいやめてやれよ。かわいそうだろ? こいつ」
千秋が最初に見た時に、子供を馬鹿の一つ覚えのように蹴っていた奴が、何やらネックレスらしきものを手にもち、それを目の前にぶら下げて子供を挑発し、そんな少年をたしなめるふりをして馬鹿二人もウザったらしい口調でこちらに話してくる。
類は友を呼ぶと言う諺はこのことか、と納得していると、なんかこちらに視線を向けてきた馬鹿三人が、自分にいちゃもんをつけてきた。
「おい。なんだよあいつ。こんな時期に黒一色だぞ」
「うわ、ダセえ奴」
「陰気な奴だな。しかもひょろいぞ。あれ」
初対面の自分に随分な言い草である。自分の服のことは性能もデザインも結構気に入っていたので、大分本気でイラッときて、骨の二、三本へし折って吹っ飛ばそうかとも思ったが、目立つわけにもいかないと思い、泣く泣く自重した。
彼が怒りを堪え、黙っていことで、それを臆したとでも思ったのか調子に乗ってさらに何言かこちらに向かって罵声を浴びせる。とりあえず、肋骨から折っとくかと無表情のまま、そちらに足をむけようとするも、それに先んじて飛ばされてきた茶髪の子供が目に強い光を湛えて、立ち上がった。
「俺の、ものを、返せ」
度重なる暴行を受け、そのせいか言葉を話すにもフラフラになりながら、その忌み嫌われる双眸をもって、強い眼光で少年たちを威嚇し、睨む子供。俗にオッドアイと呼ばれるその眼には、子供が放つべきじゃないと思うほどの殺気も感じられる。
「どうせどこかから盗んできたんだろ、忌み子! 俺たちが元の持ち主に丁重に返しといてやるよ。そのことに感謝するんだな」
そんな子供の明白な殺気に、愚鈍にも気づかないのか、こちらにむけていた罵声の注意を逸らし、また立ち上がってきた子供に対し、芸もなく罵声を浴びせる少年。
「誰が盗みなんかするか!!それは形見だ!返せ!」
思わず、その罵りに反応した子供は自身の無実を叫び、次の瞬間に自分が不味い失敗をして、面倒なことになったとでもいうように、ハッと顔を顰めて、苦い表情になる。
「へえ、そりゃいいこと聞いたな。おい、お前ら。忌み子を生んだ奴の形見とかどうするべきだと思う?」
「壊さないと不味いんじゃ?」 「焼いて処分しよう」
飄々とした口調で、口々に言われた心無い言葉に神経が沸騰したのか、先ほどまでの様子からは考えられないほどの焦りを浮かべ、子供はふらつく体に鞭打って、拳を振り上げ、少年たちに全力で向かっていく。
そんな子供の抵抗を軽く、存在しないかのように扱って、向かってきた子供を蹴りつけ、倒れこんだ子供を二人の取り巻きに押さえつけさせてから、その頭を踏んだまま少年は高らかに哄笑してこう言った。
「てめえは忌み子なんだよガキイ。お前も、お前を育てた奴も大罪人なんだよ!! だからお前はここで何もかも奪われて、野垂れ死ぬのがお似合いだ!!!」
その少年の言葉は、子供の様子を冷静に切り捨てた、千秋にある既視感をもたらした。
――――――あんたはいらない子なんだよ!!
自分に自我が芽生えてから、一番最初に浴びせられた言葉。男を強く排斥する女系血族の中で、実の母親がどことも知れぬ馬の骨に強姦され、妊娠したときに生まれた赤子。
生まれたのが侵した男を連想させる容姿であったことから母に憎まれ、性別が男であったことから親類にすらつまはじきにされて、省みられることは無かった彼。 その屋敷にいた使用人ですら彼のことは見て見ぬふりをして生まれたばかりの彼は、知っている限りのちっぽけな世界の誰にも自分を見てもらえなかった。
ただ一人の少女を除いて。
「大丈夫?お腹すいてない?」
まだ齢7歳の血族の中でも分家の末子。その純粋さ故に、屋敷に存在した異常なルールに染まる事無く、ただ心配から救ってくれたその少女が、生まれたばかりの彼の弱弱しい産声に気づいてくれていなければ、今頃彼はとっくの昔にミイラだろう。
最初に拾われて、その後自分が一歳になるまで面倒を見てくれた彼女。
それを親族に知られ、引き離され、自分が捨てられた後に、自分が獣として過ごしていたところから、偶然の再会をし、六歳の時に拾い上げてくれた彼女。
自分に戦い方を教え、言葉の操り方を教え、人の心の在り方までも教えてくれた彼女。
彼の恩人であり、一生をかけて恩を返すべき存在。
――――――そして千年前からの自分の最愛である女性。
自分が十八歳で、こちらに召喚され、今はすでに帰ることのできない世界で誰から罵倒されようと、誰から咎められようと、最後まで自分のことをかばい続けた味方だった唯一の存在。
今も昔も彼にとっての裏切られてもいい味方は彼女一人であり、しかしその彼女に決して再び会いまみえることがないことを彼は既に封印の中で知っている。
今、自分の目の前にいるのは、そんな彼女に会う前の、会うことのできなかったかもしれない自分なのではないか? そんな考えが脳裏によぎる。
自身にはどうしようもない容姿という問題で、周りからの迫害を受け、しかしその不遇の中、折れることは決してしない、目の前の子供。
周りには敵しかおらず、あらゆる逆恨みを買い、常に迫害の中心であったがゆえに、一瞬も途切れることなく警戒し、周り全てを敵と見做して戦い続けるしかなかった自分。
それらはとても似ていた。
そして彼の恩返しの相手であった彼女を思い出す。
もしここに彼女がいたならば今ここで子供を救うことを選ぶだろう。必ず。
自分の時のように。純粋に。
翻って自分はどうか。
目の前の子供は憎しみの対象。だから助けない。本当に?
自分は何かに言い訳して、その怠惰のままに、この子供は見捨ててはいけないのではないか?
彼女には恩は返せない。絶対に。
それは封印の中で知った哀しい事実
ならば、今、自分は彼女のいないこの世界で、子供を助けるべきではないのか?
自分が彼女へ誇れないことを彼女のいない異世界でしていいのか?
子供を助けなかったと。
――――――それはいやだ
それは許せない。理不尽に落とされて心を倦ませ、かつての戦いで狂った自分のそれでものこった最後の存在理由は手渡せない。
だから、助ける、そう決めて、
「おいガキ。強くなりたいか?」
千秋は救いの手を差し伸べた。
ちなみに少年三人と衛士二人は次回ボコボコです。いらついてた人もすっきりするくらいボコります。足りないときは言ってください。R15の範囲でやりたします。
ちなみに作者もイラついたので次回はグロくしたいです。次は今日または明日のどちらかになりそうです