聖女VSリル 後
ふう。やっとつながる。
土煙の中、リルは満身創痍で、体のあちこちに、新たにできたいくつもの裂傷を抱え、ふらつきながらも立っていた。
今彼女がふらつくのも無理はない。彼女は数限りない光弾を全て防ぐために、未だ未完成な竜言語を無理やりの生成、発動したのだから。
竜言語。本来ならば、色彩の支配者、竜族にしか使えない種族固有魔法。その竜魔力はすべての魔力の中で最も存在の固定がされており、莫大な光弾量を見て、最強の存在強度を誇るそれ以外の手札ではリルは自分を守り切れないと判断、自身の体内で魔力の極限圧縮、極限拡散の交互使用を行うことで、霊球を四つ結合させ、内部に霊子を詰め込むことで竜魔力を生成。それを材料に、盾となる術を編み上げ、頭上に薄く蒼い盾を展開した。
本来人に使用できないはずの術は当然体に反動を与え、消費した魔力は四倍以上にはね上がり、何よりも圧縮と拡散の交互の使用など体に害がないはずもなく、精神と関係の深い魔力をそんなに乱雑に扱ったことで、自身の体内の霊球容器は損傷し、霊子の急激な消費で意識も朦朧とする。
今のリルの体は意思に関係なく、悪影響の現れた体が、しびれたように小刻みに震えたままだ。
直撃は防いでも、飛び跳ねた地面の土、風圧がリルの体を襲った事もあり、出来た裂傷以外にも、塞がっていたはずの体の傷もいくつか開いている。真っ赤な装備が、さらに赤く染まった。
その時、リルは自分の魔力知覚能力が、風の魔術が発動したのを認め、それが土煙を払っていくことを感じた。目の前に現れたのは、戦いの最初から変わらない聖女の姿。
「――――――あら?」
先ほどの大出力の攻撃。しかしその過剰ともいえる殲滅の雨を放ったはずの当人は、全く消耗の色も見せず、大したことをしていないといった様子でけろりとしている。そんな聖女の姿を見たリルは真の神聖術士の恐ろしさを肌で理解した。
神聖術。その本質は、不特定多数の人数が、誰か信仰できる特定の一人への魔力の譲渡を行えること。
もちろん、不特定多数の他人が、信仰する一人へ、曇りのない感情を持ち、魔力を受け取った神聖術士もそれらの感情を受け入れる必要がある、術を使う人間はその精神を壊す可能性もあるなどの、条件もデメリットも多く存在する。また、術式に複雑性は期待できず、祈りというごく単純な動作のみで起動した術には、何らかの追加効果も呪いをのせることも期待できない。
しかし、神聖術により扱えるようになる魔力は膨大。
極めれば、ただの人一人が、多くの戦力のある一つの町を、大した時間もかけずに滅ぼせるほどに。
相対するのはそんな神聖術を極めた神聖術士の最高峰である聖女。自分のまだ冷静な理性は、本能に逆らい、盛んに、逃げろと訴えている。
だが、リルはその聖女の攻撃を生き残った。
ならばこれが負けられない戦いである以上、逃げることはしない。次につながる反撃へと移行するのみ。
頭上の盾は空間に溶け落ち、その蒼がどろり、とこぼれることで、リルの姿を聖女の視線から隠す。その後ろで、膝を少し曲げ、剣を持った右手を後ろに引き、左手で聖女のいる方向を指し示す。竜魔術に色彩の材料として使ったせいで見えなくなった左目をつぶり、もう一つの残った右目で聖女がいるであろう場所を睨み、そこに向けて特攻。
音を追い抜くほどの跳躍とともに聖女の正面到達、そこで地面を踏みしめ、至近距離から、左手を前方に残し、体の上半身を左回転、右腕に持つ黒姫を魔力で覆い、全力で突き入れる。
起動したのは、雷の魔術。動かない体に電気の負荷をかけ、毒物などで体が動かなくなろうとも、強制的に動かすために剣に仕組まれた魔術。
闇の中に沈む黒の一閃。それを聖女は体を捻り、上半身を後ろに倒れこむことで躱した。
リルは自身の最高の攻撃のもたらす結果に、当たらなかった失望ではなく、聖女が躱したということに歓喜する。
今の一撃は最初と違い、自身の最高攻撃威力をもつ技の一つ。それを躱したということは、リルの全力ならば、白の衣を貫く可能性のあるということ。
躱された突きによる、空を切った刃を下方向に捻って、剣自体に重圧の魔術を発動。重さによる攻撃で、聖女の空に舞っている肢体を押し斬ろうとする。
「言っておくけれど、今のじゃ私を倒しきれないわ」
刹那の間、意識が加速された中で、聖女が空中でそんなことを呟く。
彼女の右手が地面に伸び、伸びていた両膝を最大限に曲げ、空中で縮こまる。
「ただ、体術でもあなたは私に敵わない」
「その証明」その呟きが聞こえるや否や、吹き抜けてくるような強烈な蹴りを放つ。不安定な体勢から、逆立ちするような状態で、一気に足を伸ばし、一本の棒のようになる。その足が、リルの胸当てのある下あたりに直撃し、リルは剣を取り落として、真後ろへ吹っ飛んだ。
空中を滑るように背後へ飛ぶリル。体の後ろに風を当て、身体の勢いを落とす。
そこへ、しゃがんだ態勢から、足をばねのように伸ばして、拳を握り、弾丸のように向かう聖女。
朦朧とする意識の中で、リルは仙術”透”を発動。体の重量が木の葉よりも軽くなり、結果、恐ろしい勢いの拳の巻き起こす風に巻き込まれるように乗って、聖女の後方に降り立つ。
体に叩き込まれたダメージを強引に無視し、拳を握り、身体の前に交差して次撃に構えるリル。ほどなく、戻ってきた聖女の細腕の一撃がどんな屈強な戦士の剛腕をも超える勢いでリルにぶつかる。
”返””流””奪”の同時発動。敵の攻撃の勢いを一部返し、身体に
流れる衝撃を、魔力の循環で外へ流す。奪いで勢いの一部を自分のカウンターに利用し、返しを使ってなお、こちらに向かう拳に、肘をぶつけて相殺する。
「ぐうう!」
肺から洩れた空気が意識しないままに音をたて、再びリルは後方に。しかし、今度は後ろのまだ無事だった民家に直撃する。
ドゴンッ!!! という怪音とともにめり込んだリル。態勢を立て直すため、前方から近づく聖女に、最初に放った氷撃を牽制に撃とうとする。
しかし、膝が崩れ落ちた。
「ぅ……あ……ガハッ」
真っ赤な血を吐き、力なく、手で体を支えることもできないまま、前方の石にうつぶせで倒れ伏す。
意識をどうにか保ち、身体を動かそうとしても、先ほどから魔力が言うことを聞かない。
「ようやく効いたようね」
聖女は先ほどまでの苛烈な雰囲気を四散させ、ゆっくりとした歩調で罠にかかった憐れな少女に近寄る。体の白い光は解き、先ほどまで、たなびいていた金の長髪は、またまっすぐに肩を流れる。
「な……を……」
セリフに含むものを感じたリルは、動かない体のうち、頭を動かして、聖女を碧の目で睨みながら、言葉にならない質問を行う。自分の体は自然毒、生物毒、果ては人工の猛毒にも耐性がある。
いったいどんな手妻を使って毒を効かせたというのか
「簡単な事よ。貴方の使っていた魔術、仙術という技術はそもそも、どう頑張っても周りの魔力に干渉する過程を経る以上、周囲に存在する魔力から絶対に影響を受ける。特に、身体を損傷して、それを治そうと体が反応するとき、自分の魔力を急激に消費し、自分以外への魔力への耐性が落ちた時は尚更にね。そんな極限状態で私の神聖術のように扱いの難しい、他者の魔力を多分に含んだ空間の中で何回もそれらの術を使わされれば体も精神も勝手に言うこと聞かなくなるわ」
ごく普通に、もはや意地の悪い嘲笑すら浮かべず、淡々と解説していく聖女。
そこにはもう、敵を見る目ではなく、罠にはまり、終わった生き物をどう料理しようかという無表情の思案のみ。
「――――――ッく」
ここで寝ていれば、必ず殺される。強烈な危機感がリルの動かない体を無意識に動かし、腕を使って体を起こす。
緩慢に膝を立てるところまでしたところで、ゆっくりと聖女が手を上げる。
「貴方はやっぱりお荷物だったわ。そんな自分が少しでもあの人のそばにいたことを悔やんで、地獄に落ちなさい。大丈夫。貴方のいなくなった後のあの人のそばには私が居るわ」
そういって、うっすらと微笑み、手のひらに先ほどまでとは比べ、明らかに輝きの違う強い光を放つ光弾を生成する。
渦巻くそれは、先ほどまでの大きさと一緒だというのに与えられる圧迫感が桁外れだった。
「じゃあ、さよう――――――」
なら、そう告げようとした聖女に一つの小さな影が高速で飛んできた。
不意打ち気味で放たれた、首を狙う軌道のそれを首をひねって躱し、その方向からやってくる何かから距離をとるように、大きくリルから距離をとる。
「まだ余力があったの?いったいいきなり――――――」
言葉はそこで途切れる。何故なら目の前の殺風景な石の上、その景色の中に黒い一対の翼を背中に生やした男が降りてきたから。
彼女の思い人。千年前の勇者。現代の元勇者。
「よお。ウル。結界なんか張ってくれて、気づくの苦労したんだぜ。遅れた言い訳はしないからな」
神田千秋がその場に降り立った。




