旅立ちの日(改)
よ~やくここにきた。もう幕間嫌!
アズールの森深部。
一人の年の頃16,7ほどの少女が森の中を疾風のごとく駆けていく。
長く背中の中ほどまで伸びた明るい色の茶髪は、今は走ったことで発生した風に流されて輝き、左右で色彩の違う瞳はどちらも力強く輝いて前を見据えている。
顔はすべてのパーツが小さな顔にちょうどよいバランスに配置されていて、背は160センチほど。胸や腰などは身長に見合った感じに年頃の少女らしい丸みと膨らみを帯びている。それを包む衣服は、銀毛を織り込んだ布の服であり、心臓部や脚部にはしっかりと魔物の厚い皮の防具も纏っている。手足はスラッと細く、快活そうな雰囲気を身に纏わせたその様子は、まさに元気な美少女といったところだ。
「よっ、とっ、ふう」
そんな美少女に成長した元孤児――――――リルは森の中を駆けて、一直線に小屋を目指していた。
その走る途中に長い髪を捕まえようとする植物、魔獣が襲ってきたが、時に彼らの魔手を全てすり抜け、時に一切合財を千秋からもらった両刃の魔剣”黒姫”によって切り捨て、全く速度を落とす事無く進んでいく。
彼女が右手に持つ両刃の直剣である黒姫は、黒く細い剣身とシンプルな持ち手という外見からは想像もつかない重量があり、大人の男でもまともに持ち上げることが叶わない重さである。そんな、剣としては超重量の武器を軽々と操って、眼前に立ち塞がる敵を二つに裂く。
今、彼女は一つの災害であった。
「師匠の時間制限まであと少しなんだからどいて~」
間延びした声を上げて剣を振り上げる。”黒姫”に仕込まれた魔術機構のうちの一つ、圧剣を発動させ、細い剣身の上に長大な黒い揺らぐ刀身を生成、そのまま思いっ切り振り下ろす。斬撃の延長線上に最早レーザー光線と言ってもいい太さの約50センチ幅の過重力剣を振り下ろしたことで、前方20メートルはぺしゃんこになり、混沌とした森の中に実に走りやすい道ができる。
すぐさまできた空白の空間を侵食しようと、蠢いて成長してくる魔の植物たちを追い抜いて一目散に小屋のある方向を目指す。
そんな前方約10メートル、今の速さであればコンマ1秒もたたないで到達するそこに熊のような魔獣が現れる。
体は隆々とした筋肉と厚い脂肪におおわれており、物理的な攻撃は一切効かないといったような体と、前足にある歪に発達した爪は対面するものに圧迫感を感じさせるものだろう。
しかしリルは、そんなことにかまう暇はないとばかりに、”水滴””収束””電気””発射”の四節の意味を込めた、高速で敵を打ち抜く帯電した水滴を無詠唱の魔術で生み出し、それを放つ。
無論、この森で使っている以上難易度は最高の特上級に匹敵するが慣れたようにヒュンと打ち出した。
そのまま水滴がクマの眉間に穴を穿ち、帯電した電気によって筋肉を硬直させて飛びかかってこようとした勢いも殺しておく。ただの置物と化した熊の横をすり抜け、さらに奥へ。
「―――――不味い!」
今の邂逅で使ったロスタイムを計算し、このままでは自分が試験の時間に間に合わないこと瞬時に導き出したリルは仙術”縮地”を使った短距離超高速移動を連発する。
膨大な体力を犠牲にして音の速度すら超えて衝撃を放って進むその動きに、周りにいた植物も魔物も皆吹き飛んでいく。彼女の通った後に残るのは空白のみ。
「五、四、三、二、一」
「とうちゃ――――――く!!」
そしてリルは千秋の卒業試験”森のはしっこから走って二時間以内に小屋へ到達する”を見事に合格した。
「どうだった? 試験の評価は?」
試験が終わってすぐに、二時間走ってきた疲れを見せず、多少息を切らしただけで結果を聞いてくるせっかちなリルに「まずはこれでも飲め」と水を渡す千秋。
その質問を受けた千秋はというと、五年前から相も変わらずの精巧にできた日本人形のような美貌と、黒ずくめの装束のまま、腕を組んで思案して答える。
まあ、不老なので見かけが変わることは無いのだが。
「見てた感じでは、魔獣にも植物にも時間はかけてなかったな。剣を振る時も移動しながらだったのに体の軸をずらさなかったし、魔術も上級の四節以上の意味を一瞬でこめてた。使い方もちゃんと行動阻害や行動不能になるようにいくつか効果を重複して保険をかけていたみたいだし、魔術、体術、仙術は完璧だな。まあ剣術も合格点だし、今回の試験は花丸」
「やった――――――――――――!!!」
リルは喝采を上げた。千秋はスパルタを超えた鬼だったので自分が花丸をもらったのは初めてだ。
リルとしては千秋の戦い方は剣術の一種である直刀を使った刀術(本人は刀術ではないと言っている)が本分であると知っているので、多少剣術は評価が落ちても嬉しいものは嬉しい。というか本分であるこの技能に関してはこんな高評価自体今まで恐らくとったことがない。
そんな初めてづくしで浮かれて跳ねまわってるリルをニヤニヤとみる千秋。ピョンピョン跳ね回っている姿を小さな子供を見るような視線で見られていたことに気づいたリルは、ハッと跳ぶのを止めて顔を真っ赤にして俯いた。
こんな時、いい大人だったら触れてあげずにそっとしておくものだが、生憎と千秋は千年以上生きていてもその大部分は封印されて人生経験はほとんどない。
ついでにこんな時は追い打ちをかけて楽しむタイプのSでもある。
「そうかそうか。そんなにうれしかったか我が弟子よ。そんなに喜ぶんだったら師匠としてもっと褒めておくべきだったかもしれんな。ん? どうした? もっと喜んだ様子を見せてくれるというのならまだまだ褒めようかと思ったんだが?」
「うううう~~~~」
いかにも芝居がかった口調と人の悪い笑顔をそろえて言われてもリルとしては藪蛇になるのを恐れて何も反論できず、唸ることしかできない。顔を真っ赤にし、涙を目に溜めて、上目づかいで唸るのを見て、今まで自分に懐かなかった猫が目の前で失敗して恥ずかしがる様を幻視する千秋。余りの小動物的な仕草に何となくリルの頭をくしゃくしゃっと撫でてしまう。
そのさらさらの髪が見かけを裏切らないいい手触りだったので思わず口に出た。
「お、いい手触り」「~~~~~~っっ」
びくびくと目をつぶり、まるで何かを怖がるかのように時折体を震わせるリル。
傍から見れば、まるっきり変態と変態に苛められる憐れな被害者だったが今ここに彼らを止めてくれる常識人はいない。
撫でるだけで飛び跳ねるように反応する様子を見て千秋にちょっとした悪戯心が生じる。
だんだんと頭をなでていた手を下に下げていき、頭だけでなく耳の裏や頬を優しく撫でるしぐさに代えていく。勿論力加減も絶妙に変えていき、リルの柔らかいほっぺたを少しつついたりするような感じで触っていく。その間、リルの顔はどんどん真っ赤に変わっていって破裂するんじゃないかと思うくらいに変わってきた。
ようやく身についたいつもの敬語から感じる雰囲気とは違う、少女らしいかわいい反応に面白くなって次は何しようかなと自重しない千秋。
彼を止めたのは一匹の銀狼だった。
「マスター。そろそろ終わりにしないとリルが恥死しますよ」
契約獣でもある今や体躯5メートル近い大銀狼ルーフのまるで犯罪者を見下すような冷ややか声に、千秋はぞっとする背筋に何かを感じ、潮時かと手を離す。
ちなみに、リルはその時ホッとするとともにどこか名残惜しそうな目をしていたが、幸か不幸か千秋は気づかなかった。
「ほら、マスター。渡すものがあるのでしょう」
「……ん? ああ! そういやそうだったな。おいリル、ちょっと目を瞑れ」
「ひゃ、ひゃい」
リルはまだ顔を多少赤くしたまま言われた通り目を瞑る。噛んだことについては話が進まなくなるので千秋もルーフも突っ込まなかったがそのせいでさらに赤くなって目を瞑る。
すると、彼女の数々の特訓で鍛えられた五感が何かを首にかけられたのを察知した。
不審に思って目を開くと、首にかかっていたのはずっと千秋の預かっていたリルの母親の形見のネックレスだった。
「これ……師匠」
実力で取り返してみろと言われた時から五年。リルは今まで一度として取り返すことのできなかった彼女の大切なネックレスが今こうして首にかかっていることが信じられない。
かつては大きかったと思っていたネックレスは、今の彼女にはぴったり合う。
「ああ。まあお前もこうして俺の五年にわたる修業に耐え、最終試験を見事クリア
した。よって、お前には相応の実力がついたと見做し、これを返そう」
利子ついでに無くさない魔術とかいろいろ掛けといたぞ。壊れることは無いから安心しろ。そういう千秋にリルは何も言えず、感動やらなんやらで涙がこぼれる。
「うっ……うっ……たいせ、つに、します」
「わっ! 泣くなよいきなり。それに自分の生き様を見せてやるんだろ? ならお前が持っとかないといけないと思ったから返すんであって本当はまだまだ未熟なんだから感動とかしてんじゃねえよ」
「うっ……ぅっ……グスッ…はい!!」
「マスターは誑しですね」
「おいルーフ。分かってて言ってるだろお前」
そんな一人と一匹の言葉もリルには優しく聞こえる。
「まあなんだ。これからお前の残りの術の完成と、社会勉強かねて外に旅に出るんだし、それ持っとけよ。危なくなったら俺に居場所を知らせる目印にもなるんだから」
「マスターは本当に過保護ですね。私は子離れできるか心配です」
「うるせえ!!」
全然怖くない仏頂面で千秋は悪態をつく。
泣いていたリルは、聞き捨てならない事実を聞いてしまい、思わず声を上げた。
「え、旅に出るの?」
きょとんとした表情のリルの質問に、「言ってなかったっけ?」と首をかしげて千秋も返事を返す。
「そうだぞ。やっぱり精霊術も竜言語も実際にその種族がどう使うのかを見るのもお前の経験になるし、俺もそろそろここに隠れるのは難しくなってるだろうしな。お前も一緒に連れてくつもりだったんだが……来ないのか?」
「いえ! ぜひ”一緒に”いかせていただきます!」
「お、おう。そうか」
リルとしては、仮に自分がネックレスを取り返して修業が終わった後も、どう二か言い訳してついていこうとずっと考えていたので、このチャンスを逃すな! とばかりに語気を強めた。
千秋はそれを見て、そんなに外に行きたかったら五年も悪いことしたな、と頓珍漢なことを考えた。
ルーフはそんな二人を見て、やれやれと息を吐く。
こうして二人と一匹。時代と世界を揺るがす彼らの旅が始まろうとしていた。
「……ところで最初どこ行くんですか?」
「うん? そうだな~。棒が倒れた方でいいんじゃね?」
((……だいじょうぶだよね(ですよね)?))
…………多分。
作者なりにイチャラブ頑張りました。