表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/51

幕間4 黒竜王と天空王と海王

シリアス回

 夜。満天の星空の下、海の上を一匹の竜がその翼をはばたかせて飛んでいる。全長は二十メートルほど、翼を広げれば幅五十メートルに届きそうな体躯が夜の闇を切り裂いていく。その翼の一羽ばたきごとに海面ははじけ、風が悲鳴を上げる。竜の瞳はどこを見ているかはっきりとはしないが、遠く、彼方を見つめて飛んでいることだけはみて取れる。

 不意に、竜は首を曲げて旋回し、海上から距離をとった。

 その瞬間、空から雷光もかくや、といった速度で巨大な何かが駆けてくる。

 それは海上に落ち、大きな水しぶきを上げると見えた刹那、海面から百メートルほどのところで静止して、滞空し、先にいた竜と同じ高さになる。

 それは巨大な蛇の胴体と、猛禽類の頭、鷲の鉤爪を無数にもち数多の翼を空に載せていた。


「久しいな。黒竜。いや、今は黒竜王だったか」


「そちらもな、天空王」


 言葉は少なく、されど彼らにとっては長い言葉を交わす。彼らは何度か争ったこともあれど、互いに互いを親友とみなしていた。


「それで今日はどういった要件なのだ黒竜王。まさか汝のこと、つまらんことで呼ぶわけではあるまい」


「私としてはつまらないことの方がよかったのだが……。もうすぐ海王もここに来る。その時に一緒に話そう」


 天空王はその黒龍王の言葉を聞いて、しばし瞠目する。

 なぜなら黒竜王と呼ばれる目の前の竜は、現在の世界でも一、二を争う実力者だ。その竜が「つまらないことの方がよかった」などと言うということは、よほどのことがあったということだ。

 一体何が、と考えている内に、だんだんと空気が震えているのを天空王は自身の特有の力”空力”で感知した。


「来たな」「ああ」


 互いに言葉を交わし、海面を見ると大きな泡がいくつもできてから、だんだんと海面が盛り上がっていく。


「があっはっはっはー。どうれ、久しぶりの海上じゃな」


 百メートル上空の大気を振るわせる陽気で馬鹿でかい笑い声とともに、体をうろこで覆った魚人が姿を現した。

 その堂々たる体躯は、他の二匹をはるかに上回り、体中に恐ろしいまでの筋肉がついているのがよく見える。まさに圧倒的強者の姿であったが、


「五月蠅い」


「静かにしろ」


という二匹の冷たい声にあえなく撃沈し、肩を丸めてちょっと小さくなった。


「わ、わしこれでも海王なんじゃが・・・」


「ならば尚更、見本となるべくおとなしくするべきだな」


「わし呼ばれてきただけじゃのに」


 天空王の一言でさらに追い打ちをかけられ、海王はもっと沈んだ。


「で、我々を呼んだ用件を聞かせてもらいたい」


 そんな様子を全く気にせず、天空王は黒竜王に話しかける。


「いいだろう。二方とも気を引き締めて聞いていただきたい」


 厳かな始まりに三者に緊張が走る。



「信じられないだろうが……私も信じたくないのだが……勇者が結界の外に出ているようだ」


「なっ……」「なんと……」


 天空王も海王もその事実の衝撃に言葉を失う。


「だ、だが結界はどうしたのだ!? あれは壊さずして出られるようなつくりではないぞ!」


 いち早く体勢を整えた海王が発言する。黒竜王はそれに首を振った。


「わからん……いかなる手段を用いたのか、およそ我われの知るあらゆる方法で

はあの場所から出られなかったはず……だが私はつい先日勇者の”黒”を感じたのだ……あの禍々しく貪欲でありながら、一つにまとまった色は勇者以外にありえん」


「何! 色だと!!」


 天空王は動揺する。竜という種族は体色が七色あり、それぞれの竜が自身の色と同じ色に対し、絶対的な支配権を持つ。それは”竜言語ドラゴ・ロア”と呼ばれる竜の技法で操られ、ブレスや飛翔の力としても使われている。

 今、目の前にいるのは、七竜王の中でも最強の黒竜王。黒という色の支配に対して間違うことは、魚が溺れるようなもの。つまり、絶対にない。


「ということは、勇者はすでに外界にいると?」


「恐らくは」


「場所は?」


「分からない。阻害されていた」


「ゆゆしき事態じゃな。わしの方は今すぐ対策を取りに戻りたい。倒すにしても、再び封印するにしても、あ奴は規格外すぎる器じゃったからな」


「そうか」


 海王は黒竜王の返事があるや否や、一瞬で姿を消した。その体躯が消えたというのに現れた時と違って、音はまったく立たなかった。

 そんな静けさの中、黒竜王と天空王は、何を言うでもなく、その場に留まっていた。


「空族の下へ、行かずともよいのか」


 黒竜王が天空王へ尋ねる。


「まあ、今急いだところで事実は変わらん。それにどうせあの勇者のことだ。ずいぶん前から外にはいたのだろう」


「だろうな」


「そっちはいいのか?」


「ああ。補佐の黒竜に任せてきた」


 そこで、会話は途切れる。

 埒が明かない。そう思い天空王は質問を変えた。


「迷っているのか?」


「何?」


「勇者と再び敵対することを」


黒竜王は沈黙する。


「私はかつて魔王に従った。それは多様な種族のいる大陸。その中の空族の王としてだ。戦争においては勇者とも戦い、何度も傷つけあった。何度も敗北した敵同士。だが、お前は違う」


 静かに、力強く問いかける天空王。その瞳を見て、やがて、黒竜王も口を開く。


「確かに私は勇者のーあの人の味方だった。卵であったときに戦禍の及ぶ場所から

救われ”くろすけ”の名前をもらい、彼の黒から色をもらうことで成長できた。今の私の力の根幹も、在り様もあの人の作ったものだ。だが――――――」


 私はあの人を裏切らなくてはいけなかった。界の色彩の守護者であり、支配者の竜として。


「黒竜王・・・」


「今更何と言える。あの時も心の折れるような、捻じ切れるような気分でやった。

再びやりたくはない。かといってあの人に何を言えと。何と言って許しを請えばいいのだ。あの人の帰る理由も、戻る必要も、せがんで聞いていた私が! 自身の不安を埋めたいがために縋り、自分に流れる血のために最後に裏切った。決して彼は私を許さないだろう。あまつさえ、帰れなくするだけでなく、あんな呪いのような封印をかけたのだ。人の身で千年間死ねなかったのはいかほどの苦痛なのか……」


「黒竜王」


 天空王の呼びかけに黒竜王は我に返る。

 

「私は彼と戦うよ。勇者と。今でも彼は彼なのか。それともあの種に飲み込まれたのかを見るためにも」


 それに、と続ける


「私は君と違って彼とは戦いしかしていない。私には迷う余地はないよ」


 黒竜王はそれを聞いて、少し羨ましそうにした。


「私には君の方がうらやましいけれどね。君にはまだ選択肢がある。私と違って。

君が君にとって正しいと信じる選択をできることを祈ってる」


 では、また。そう告げて、天空王は去って行った。

 あとに残された黒竜王は一つ呟く。


「私が竜でなければ・・」


 意味のないことと知りながら、それでも黒竜王は考えざるを得なかった。














次は3年後のリルと千秋

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ