彼の語った物語について
珍しいこともあったものだ。
人の心に疎い彼が、恋物語を語りだした。その物語は悲劇で救いのないものだけれど、恋物語は恋物語。甘い台詞なんか吐かれたら、失笑を通り越して腹を抱えてしまう。
しかし、悔しいことに彼は語るのが上手かった。聴き取りやすい速度と情報量。感情は籠っていないが、それが気にならなくなるような描写。もしかして、保育士とかに向いているのではないだろうか。綺麗な顔立ちなのに基本的ににこりともしないので子ども受けもせず、無理だろうが。
「なにか妙なことを考えていませんか?」
図星を突かれて、彼女は曖昧に笑った。咄嗟に誤魔化しの言葉を思い浮かべる。
「それで、娘のほうはわかったけど、王子はあのあとどうなったの?」
尋ねてみれば、命は救われた、と返ってきた。
「その場にいた魔術師によって。兵士が弓を射ったのも、そもそも王子を助けるためです」
異形に拐われているのだと勘違いされて娘は射たれた。しかし、王子を助けるための行動は却って王子を苦しめた。なんて救われないのだろう。
「その後エインハルトは、合成獣を作り出した魔術師たちの殲滅を行います。怒りと恨みが原動力となったのでしょう、圧倒的行動力を持って速やかに制圧され、民衆からは英雄として崇められました。……まあ、途中から対象は所業に関係なく全ての魔術師となってしまったので、ウィトリスの情勢はさらに悪化してしまったのですが」
そして西の隣国の襲撃に遭い、北の敵国とともに吸収されてしまった、という話は、過去にその2国が存在していたこの地域では常識だ。
「そして、役目を終えた彼はその後生きる目的を失い、保存されていたマヤの遺体を抱えて森の奥へと引き込もってしまいました」
「……ああ、あの北の」
何処かで聞いた話だと思案して、思い出した。北にある“凍れる森”の奥深くには、白い翼を持った妖精が氷の中で眠っている。その妖精が、マヤなのか。子どもの頃に聞いたおとぎ話が事実で、こんなところに関連性があったとは、いささかびっくりだ。
「いかがでしたか?」
表情の乏しい顔にいくばくかの期待を込めて、彼は感想を求めた。
「そうだなぁ……」
聞いた話を振り返って、答えた。
「殺意が湧いた」
「は……?」
ぽかん、と彼は間の抜けた表情を晒す。それを面白いと思いながらも覚めた気分で見返して、もう一言付け加える。
「人間の尊厳を踏みにじる奴らって、最低だ」
勧善懲悪の趣味もないし正義を語るつもりもないが、こういう話は腹が立つ。想像力に欠ける愚か者共。自分がされたら嫌なことを他人にしてはいけない、というのは子どもの教えではなく、社会へ生きるための大前提だということが何故わからないのか。
物語としては、そういうものは面白いのだろう。良くも悪くも刺激的なものが求められるのだから。だが、現実にあったのではどうか。
冗談ではない。そんな目に遭うのは御免だし、見たくもない。だから、会ったこともない過去の魔術師たちに殺意が湧いた。
彼はどうも答えに納得がいかなかったようで、嘆くような深い溜め息を落とした。
「…………物語を語る、というのは受け取り手側も重要だということを実感しました」
「どういう意味?」
「もう少し可愛らしい反応を期待していたので」
異形と化しても恋人を愛し続けた王子に感動し、それを貫けなかった結末に涙しろ、とそういうことか。……一応、そういった感想も持っているのだけれども。ただ、主人公に感情移入し過ぎて腹立たしくなっただけ。
って、誰になにを期待しているのだ、この男。
「まあ、どう受け取ろうと個人の自由ですが」
そうは言いながらも、やっぱり不服そうだった。
「だったらいいじゃん」
「そうですね。退屈と言われなかっただけ良しとしましょう」
ここまで来ると、もはや嫌味にしか聞こえない。さすがに腹が立って、言いたいことがあるなら言え、と怒鳴ってやろうかと思っていると。
「伝わっているということが、なにより大切なのですから」
喉元まで出掛かっていた言葉を飲み込んでしまった。
どんなに悲しい物語でも、嘘だと思われても、2人のことを覚えていて欲しかった。こういうこともあるのだと、知っていて欲しかったのだという。
だから、歌を作った。
「それって……」
この歌を唄った歌い手の名前はイーリアス。イールと呼ばれた、2人の幼馴染みである。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
恋愛をメインにしたものを書くのははじめてなので、お楽しみいただけたか心配です。
補足となりますが、この話は、自サイトで連載している小説と同じ世界観になっています。
歌について語っている“彼”と“彼女”もその物語の登場人物です。
気が向いたのならば、どうぞそちらもお願いいたします。