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愛しき白の翼の娘  作者: 森陰 五十鈴
『愛しき白の翼の娘』
6/8

死の崖淵に立たされて

 馬上から見えた奇妙な光景に、エインハルトは眉を顰めた。


「あれはいったいなんだ?」


 遠くから見下ろすのは魔術師の一団。珍しいことに彼らはサーカスの如く多種多様な獣たちを連れていた。いずれも見たことのない生物たちだ。

 同じほうを見た隣の騎士が、ああ、と声をあげた。


「魔術師たちが作った、合成獣というものだそうです。異なる生き物同士を混ぜ合わせて、新しい生き物として作り出したのだとか」


 言われてみると、確かに生き物が混ざったように見える。山羊を背負った獅子。鳥の足を持った虎。下半身が魚の馬。歪なものばかりである。


「おぞましいことを考えたものだな」


 創造神ですら創り出さなかった生き物たちだ。人間のセンスというものを疑いたくなる。

 聞けば、彼らを実戦に投入するらしい。新生物による戦力強化と、性能実験を同時に行うというのだ。ここ10年ほど、急激な技術発展をして文明に貢献してきた魔術だが、それを扱う彼らはなにかが欠落しているように見えてならない。


「まあ、いい」


 この戦争を早く終わらせることができるのならば、なんであろうと構わない。




 しかし、事態はそうそう思うようには動かない。国境はたちまち激戦区と化し、両国ともに死体の山が積み上げられていった。期待されていた合成獣は、調教の不充分による脱走が相次ぎ、戦力として本当に利用できたのはほんの一部。こちらが襲われることも少なくなかった。


「報告します!」


 息を切らしながら張り上げた伝令の声が不快でしかなかった。泥と血だらけの騎士が伝える報告など、朗報であるはずがない。

 小隊が3つばかり全滅したという報告を、苦い思いでエインハルトは聴いていた。事態が深刻すぎて、マヤのことを想う余裕もなかった。如何に味方を生かすか。如何に国境を守るか。頭の中はその算段ばかり。

 努力と実力により、周囲に身分差の恋を認めさせたエインハルトだ。打つ手は無駄がなく、他の一団に比べれば犠牲者も少ないほうだった。王子という身分と騎士に気配りも忘れなかったことから、士気も高い。

 しかし、相手はそれを上回る勢いだった。


「彼方は闘うことを専門にした魔術師が多いそうです」


 ある部下はそう報告した。


「剣を扱うことができるほか、魔術も戦闘を想定したものが発展してきているのだとか。我が国の魔術は作ることや調べることを主軸にしている所為かそういった魔術は少なく、魔術師たちにも戦闘の経験などありません。魔術師たちの経験の差が今回苦戦している大きな理由の1つだと思われます」


 確かに、その騎士のいう通り、魔術による攻撃での被害が一番多かった。同時に、魔術師の被害も大きい。魔術師たちの実践経験がほとんどないからだ。有効に攻撃する手段を持っていても、状況を見て上手に使えない。それでは意味がない。

 下らないものばかり作るからだ、とあの奇妙な生き物たちを思い浮かべてエインハルトは内心ひとりごちる。なにかを作るにしても、あんな言うことも聞かないようなおぞましいだけの化物でなく、もっと人の役に立つ良いものを作ればいいのに。


 その不満は、噂の魔術師たちに襲撃されたことでますます高まった。


 一瞬で広がる火の海。無数に放たれる氷の矢。平らだった地面は突如隆起し、見えぬ刃に襲われる。人為的に引き起こされた天変地異。それだけで森の中に張った陣は崩れてしまった。騎士たちは惑う先で殺され、魔術師たちは真っ先に死んでいった。

 エインハルトは、後方で指示しているだけというわけにもいかず、自らの剣を抜くこととなる。


 鈍い鉄の照り返しで、久しぶりに愛しい娘を思い出した。

 ここを守り抜かねば、と固く決意する。それだけではない。生き延びなくてはならない。


 剣を振り、血路を開く。周囲にはエインハルトの身を守ろうと騎士たちが取り囲んでいたが、歩を進めるたびにその数は減っていった。もはや生き残るのも絶望的だったが、それでも諦めずに剣を振り続けた。

 しかし、度重なる疲労もまたエインハルトの心身を削っていた。足を縺れさせ、地面へと転がってしまう。その場所は坂になっていて、下へ下へとエインハルトは転がり落ちていった。

 ようやく落下が終わる。安堵したのも束の間、背中に人の気配を感じた。敵兵か、と自らの終わりを悟る。


 目をきつく閉じた闇の中で思い浮かべるのは、マヤの姿。

 約束を果たせないことを心の内で詫び、彼女の幸せを祈った。




 いつまでも襲ってこない痛みに不審に思い、おそるおそる目蓋を開く。そこで、エインハルトは信じられないものを目にしたのだった。

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