白い花に導かれ
今年で10になるマヤは、相変わらずお転婆だった。
仕事で王に謁見する父に連れられて、幼馴染みのイールと共に登場した彼女は、見晴らしの良い城の小さな一室に友人共々置いていかれた。残されたのは、下界では食べられないお菓子とお茶と、「良い子で待っていなさい」という父の言葉。素朴な自宅と違った造りの部屋にはじめは浮かれていたマヤだったが、時間が過ぎていくにつれ、次第に退屈になっていった。
それを察したイールは、町で仕入れた噂話を彼女に聴かせた。実際に今この場に居るだけのことはあって、思い付くのは城の中の話。楽しんでくれている様子に満足していたイールだが、城の話題を出したことに後悔することになった。
城の庭に咲く異国の花について語ったときのことである。琥珀色の目を輝かせて身を乗り出した彼女の姿に、イールは自らの失態に気付き冷や汗を掻いた。
「ねえ、今からその花を見に行ってみない?」
予想していた言葉に目を覆う。退屈凌ぎが過ぎて、好奇心を呼び起こしてしまった。
「駄目だ、ここはお城なんだ。僕たちが勝手に歩き回って良い場所じゃないんだよ」
無駄だと思いつつ、説得を試みる。歳下の子を窘めるのが、歳上の役目だ。
「お頭だって、良い子で待ってろと言っただろ?」
「この部屋を出ちゃダメ、とは言っていないわ。部屋を出ても良い子でいればいいのよ」
胸を張って得意げに言う少女に、イールは溜め息を吐いた。彼女は一度決めたことは貫き、その間は聞く耳を持たない。
「イールだって、本当は興味があるんでしょう?」
それこそが普段からお転婆をするマヤをイールが止めることの出来ない一番の理由だった。大人しく見える彼の好奇心は、実はマヤと同等かそれ以上。忍耐と聞き分けの良さが彼を止めていたが、マヤの押しはそれ以上だった。
そして結局今日も押しきられる形となる。
その花は白く、ラッパの形をしていた。空を仰がずに若干俯き気味の花弁の中には、蝶の触覚のような雄しべが6本。それに囲まれた雌しべは先端に黄緑色の玉を持っていた。それを支える茎は細くしなやか。葉は剣の刃のような形で、縦に線が入っていた。
珍しい花の並ぶ光景に、マヤもイールも目を奪われた。
「すごい……っ。綺麗!」
見つからないようにこっそりと、という約束も忘れて子どもらしくマヤがはしゃぐ。イールもそれを咎めるのを忘れてしまうほど、目の前の景色に魅入られていた。
だから、接近する陰に気付かなかった。
「なんだお前らは」
高圧的な物言いに、2人そろって竦み上がる。それでも逃げ出すことは諦めて、大人しくその場を振り返った。
立っていたのは、明らかにマヤやイールとは違った人間だ。イールよりも少し上に見える少年。完璧なまでに整っていて、顔は白磁、金の髪も翠の瞳も貴金属のようだった。まるで、誰か道楽ものが金をつぎ込んで作った人形のよう。もしくは絵本の中から飛び出た王子様。
後者の答えが当たっていた。彼はこの国の三番目の王子だったのだ。名を、エインハルト。
その彼は、部外者が城内の庭にいることに激昂していた。
「申し訳ございません。その、僕たちは、城に珍しい花があると聞いてつい……」
おどおどしながら慌てて頭を下げるが、王子の機嫌は直らなかった。
「いくら子どもだからとはいえ、自分の立場をわきまえてはどうだ。悪意がなかったとはいえ、王城に忍び込むなど許されぬこと。子どもだからと大目に見てもらえるとは思わないことだ」
どうやら王子はマヤたちが親の仕事の付き添いの最中に抜けだしたとは思ってはいないようだった。それでも王子の言い分は正しく、愚かなのは自分たちであったため、イールは言い返すことができず、ひたすらに頭を下げるしかなかった。
しかし、お転婆娘は理不尽に耐えられなかったようで、思ったことを口にしてしまう。
「なによ。物盗りをしたわけでもないのに。お父さんを待っている間に部屋を抜け出して、ちょっと花を見ただけだっていうのに、かっかしてさ。王子様って心が狭いのね」
その瞬間、イールが青ざめたのは言うまでもない。慌ててマヤの口を塞ごうとするが、時すでに遅しで、彼女は暴言を吐きだしてしまった。そして、なんとそのまま王子と舌戦を繰り広げてしまったのだ。生きた心地はしなかった。
ようやく収まったのは、仕事を終えて戻ったが子どもたちが居ないことに気付いて城内を捜し回っていたマヤの父が割って入ったときのこと。なんと王子は鍛冶職人のマヤの父のことを知っていたようで、彼に免じて2人はこの場を赦された。
それが、マヤとエインハルトの2人の出逢い。