二人の道は
磯の匂いがとても濃い。昨日空を覆っていた雲はどこへ行ってしまったんだろう。雨に洗い流された空気と、濃い青色。海の傍まで下ってきたのに、いつもよりも空は一層近くに見えた。
朝一番に島をでるせっかちな人間は、それほど多くない。ラクの姿はすぐに見つかった。いつもと違う泥だらけじゃない服。
一番門に近いところで、ラクは門を念力で開けそうな勢いで見つめていた。声を掛けようとしたら、向こうはマヌに気づいたようで、人影に隠れて見失ってしまった。ラクがいるはずのところに近付くと、彼は目を逸らして空の青さを見ているふりをしていた。
手が届く距離までいっても、目が合わない。目の前にいるのに、なんだか声を掛けるのが怖くなって、二人ともしばらくそのままだった。
長く横たわった沈黙が気になったラクがちらりとマヌを窺って、図らずも目が合ってしまった。同時に目を泳がせて、口を開くのもほぼ同時だった。
「あの、ごめん」
マヌのほうが一瞬早くて、先を越されたラクを困らせる。
「なんで、マヌがあやまるんだよ」
ラクが決まりが悪そうに頭をかいた。
「うん、なんかね」
あはは、とマヌはいつものラクのように笑ってみた。あまりにぎこちない笑い方に、つられてラクも笑い出す。
「怒っていいんだよ。お前は」
ラクが困った顔をして着なれない服を引っ張った。
マヌは首を振った。昨日の夕方があまりにも寒かったから、怒りまで冷めてしまったようだ。悲しさは増したけど怒ろうという気分にはなれなかった。怒ってもいいし、いつもなら怒っている場面だったけれど、やっぱり今朝も怒る気はおきない。
ラクの後ろで、大きな正門がゆっくりと開いていく。陸から上がる朝日が、開いた門の隙間から差し込んでくる。
「医者になったら、ラクの村にいくかも」
何年後だよ、とラクは呆れた。
何年後だろ、とマヌは笑った。
「じゃあ、またね」
「またな」
交わした別れの言葉は、おもったよりも短かった。
干潮で海の底から現れた道は、所々に潮溜まりが残っている。
真っ直ぐに陸に続く道を、マヌはいつまでも見送っていた。
マヌ→間抜け、ラク→ラクダから名前を決めています。衣裳デザインを友人にしてもらったのですが、披露する機会がありませんでした。