友情ではない
結局、開門の前日まで一度もラクの姿を見なかった。
マヌはベンチの上で、今日も膝を抱えて待っていた。時間は虚しく過ぎていく。とても空虚だった。曇った空は灰色でどんよりとして、肌寒い。今にも雨が降り出しそうな空の下、一人で待つのはとても憂鬱で寂しい行動だった。
友達だと思っていた。友達のことはわかっているつもりだった。少なくとも、いきなり絶交したりしない仲間だと思っていた。上と下。地上と地下。決定的な違いはなんだろう。
始めから、ラクは嫌っていたのだろうか。いつも、こんな風に顔も合わせないで真っ直ぐ家に帰りたいと思っていたんだろうか。
周囲が真っ暗になるまで待っても、ラクは現れなかった。最後の日まで、姿を見せてはくれなかった。このままラクは帰ってしまう。マヌの前から消えてしまう。裏庭の隅の階段は、裏門の脇に通じている。裏門を出れば、カトル・ウィン・サクレの町がある。階段を数歩下りて、マヌは町を見下ろした。
灯がともる町は綺麗だ。このどこかにラクがいて、明日この綺麗な町を出て行く。空は相変らず雲に鎖されていて、星も月も見えない。真っ黒な中に建物の灯が心細く光っている。
一日、地下にいるのはこんな孤独な気分なんだろうか。
「こんな所にいれば見付からないとでも思ったか?」
呆れをふんだんに含んだ声がして、マヌは振り向いた。
どこかで聞いたことがある声と台詞だ。誓約以外にありえない。
誓約はなぜか外出用のコートを羽織った姿で立っていた。海から吹き上げる風で落ち着かない前髪を鬱陶しそうに手で払って、書類の一枚を引っ張りだす。
「お前の友人は数日前に辞めている。待っても来ないぞ」
「え・・・」
辞めた。それなら、来るわけがないじゃないか。そんなことはわかっているけれど、そんなことが問題なんじゃなくて、数日前にやめている。数日前って一体、いつ?
昨日でもなく、今日でもない。お金をもらうために、事前に仕事をやめるのは珍しいことじゃない。だけどそれは、ラクは前から島を出ることを決めていて、あの日を境にもうマヌとは会わないつもりでいたってことじゃないか。知らなかったのはマヌだけで、ラクは相談をするつもりも、お別れをいうつもりもなく、マヌだけが一人で・・・。結局は、独りよがり。
「気が済んだなら帰れ。そこはお前のために用意された場所ではない」
裏庭を一歩出れば、曖昧な領域。しかしそこは確かにマヌのために用意された場所じゃない。受け取りようによっては、誓約の言葉はマヌを気遣っているようにも取れないことはないけれど、監視の視線をひしひしと感じていた。
嫌われて、いたのかな。
上と下の違いはなんだろう。同じ建物の中にいるのに、相容れなかったものはなんだろう。
服が汚れるのも気にならなかった。差別をしないようにしてきた。対等の立場で友達として接するようにしてきた。
吹き上げる風が海の生臭い匂いを運んでくる。島にはじめてきたとき、この潮の匂いとべたつく風が嫌いだった。いつの間にか、今みたいに平気になって海に近い部屋でも気にならなくなった。それと同じように、住む世界が違う地下の労働者にも慣れて、友達になれると思っていたのに。
ラクは、マヌのことをどう思っていたんだろう。
「部屋に、帰ります」
ごめんね、ラク。
僕たちは、やっぱり君たちを見下すことしかできないかもしれない。