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秩序


 次の日、ラクは来なかった。


 その次の日も、開門の日があと二日に迫っても、待ち望んだ姿は現れない。労働者用の通路と裏庭に出る通路は全くの別物だから、裏庭を通らなくたって下の町にはいける。いけるけど、まさかそんな筈ない。それでは、まるでマヌを避けているみたいではないか。

 このままじゃ、一度も顔を合わさないで二度と会わなくなってしまう。外の世界はあまりに広い。出身の村どころか地域すら知らないのだから、もう二度と会えなくなるかも知れないのに。

 海を臨む形で据えられたベンチは、石でできているからとても冷たい。最後にラクと語らった日のように日が落ちるまでまっても、無駄だった。寄宿舎にも町にも明かりが灯っている。ランプの暖かい色は裏庭にはない。それが余計に寒々として骨身に沁みた。

 その裏庭を見下ろす部屋にも、灯がともる。その日の仕事は既に終え、もうすぐ消されるランプはマヌが使った安い机の上に置かれた。

 どうすればあの少年は部屋に戻るだろうか、と取り留めのないことを考えながら、誓約はマヌの姿を見下ろしていた。

「裏庭に何か面白いものでもありましたか?」

 人の良い笑みを浮かべた秩序が、その背後から近付いた。その言葉の裏の棘に気づくのは、幼馴染である誓約だけだ。誓約はそれにはきづかないふりをして、蔀窓を閉めた。視界の端には、寄宿舎に走るマヌの姿をしっかりと捉えていた。裏庭を覗こうとしていた秩序は肩を竦める。誓約は、窓の傍を離れた。

「ふん、ここまで暗くてはなにも見えん」

「そういえば」

 と、唐突に秩序は切り出した。肩を捕らえた手は意外と力が強い。半ばその話がはじまることを予見していた誓約は、動じる事無く秩序に向き直る。

「労働者が学徒と関わっているという噂を聞きましたが、知っていましたか?」

「ここのシステムを勘違いしている連中は多いからな。大方取り入ろうとしたんだろう」

 不当にここの学徒の籍を得て、いい暮らしを得ようとする者は多い。将来働き口には困らないし、在籍している間は食うに困らないからだ。実際はそんなことは誓約が許さないし、ここはそんなに甘ったれた場所ではないが、特に若者には勘違いをしているものは多い。実際にはそんな不正はできないとはいえ、下の人間と必要以上に関われば、厳罰が科せられる。それは秩序の仕事だ。

「裏庭への通路の見張りが情に厚い所為で気づくのが遅れました」

 秩序と誓約の手も地下までは回らない。規律の元に育まれる高潔なイメージの島の裏側は、外の世界と何も変わらないのだ。その汚い世俗と学徒を交わらせることは、秩序の乱れを生む。

 故の処罰。故の見張り。故の秩序。

 仕事を果たせていない秩序からは、柄にもなく苛立ちのようなものが伝わって来た。

「明日調べてこよう」

「秩序を守るのが私の仕事です。秩序を乱す可能性がある行為を、容認するわけにはいかないんです」

 それは、歴代の秩序が守ってきた不文法だ。学徒が意識する事がないように、あえて明文化せず守りついで来た島の伝統だ。

「この部屋からは、裏庭が良く見えますね」

 秩序は、蔀度をあけた。寄宿舎の明かりももうまばらで半数以上は既に眠りについているようだ。裏庭もそれにしたがって先程よりも暗さを増している。どんなに夜目が利いても、そこにあるのが裏庭かどうかすら判然としないのが正直なところだろう。しかし、秩序は誓約に意味ありげな視線を向けた。

「何が言いたい」

 秩序は大きく溜息をついて椅子に座った。安い机に両肘をつき、組んだ指の上に顎を乗せる。

「ずっと監視していたのなら、なぜ私に報告をしてくれなかったんですか?」

 誓約の部屋からは、裏庭が良く見えた。当然そこで誰がなにをしているのか、朝起きてから夜寝るまで好きなときに監視できる。それが何を意味するのかは、誓約が一番よくわかっているはずだった。学徒と労働者が繋がりを持つ危険性が高い裏庭を監視するのも、誓約の仕事だからだ。

「何のことだ」

 あくまで知らないふりをする誓約をみて、秩序は諦めたようだ。

「あまり、私の仕事を取らないでください」

 秩序はそれだけ言い残して、誓約の部屋を後にした。

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