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誤解

「俺も上にいきたいよ」

 ラクはぼやく。

「そんなに良いところじゃないよ。すぐに外に出たくなるって」

 ため息がこぼれる。一日中緊張でカチカチに強張った状態で、机に向かっていたら、肩が凝るし手が痛い。

 もうすぐ開門と言う言葉を思い返した。

 村に帰ったほうがいいのかもしれない。誓約に気に入られても、彼の意図はマヌの成績には何の関係もないし関係できない。多少いいことがあることも認めるけど、絶対に不利なことの方が多い。そもそもマヌは〝目をつけられている〟のであって、気に入られているわけではない。

 正直、田舎モノにとってこの場所は居心地が悪い。辛いことの方が多かった。ラクという友達ができても、毎日が楽しくなったわけじゃない。苦しみがまぎれるようになっただけだし、ラクを友達と認めてくれる人は周りにいなくて、嫌なことばっかり。

 気がついたらマヌは芝生をむしっていた。

「でも、最高位に近づけるんだろ? 飛び級したりできるかもしれないじゃん」

 この場所のことを何も知らないが故の発言に、マヌは苦笑いした。

「誓約様にも秩序様にもそんな権限ないよ。飛び級したいと思ったら、それだけ勉強しなくちゃいけない」

 ラクは目を丸くして驚いた。驚くのは分かっていたけれど、予想以上の勢いに気圧された。ラクの基準からすると誓約のような立場の人はもっと色々なことができるらしい。

 ラクの語りようはやけに熱心で、その内に怒り出しそうな勢いすらあった。何をそんなに必死になることがあるのかと首を傾げたが、ラクはどうしてもマヌの同意を得て、マヌが「僕がまちがっていたよ」と言い出すことを期待しているようだった。

 それよりも今日は話すことが、良いことも悪いこともいっぱいあったのだが、ラクの演説の中には今まで出会った上司に対する愚痴も含まれていたので、マヌも大人しく聞いていた。例えば、気に入らない奴を気に入らないという理由で辞めさせたりだとか、気に入った奴を気に入ったという理由で昇給させたりだとか、無理難題を吹っかけたりその日の気分で当たり散らしたり。

 いくら誓約様でもそんなことをしたら、すぐさま誓約の位を剥奪されてしまうに違いない。ラクの上司はまるで神様か王様みたいに振舞っているようだ。それとも、女王蜂かな。

 冬を迎えた外の世界はこんなに寒いのに、暖かい巣の中の女王蜂は気づかない。やがて寒さで働き蜂が皆死んでしまうと、誰も守ってくれない、誰も暖めてくれない。彼女は職務怠慢の部下に怒鳴り散らしながら、凍えて死んでしまう。そんな感じの童話を古びた本棚の片隅で見かけた記憶あった。

 彼の話す世界で起こる出来事もシステムも半分わからないけれど、ラクの話す上司というのはその女王蜂を思い出させる。

 理解を追いつかせようと頑張っていたら、ロウソクの日が消えるようにラクの話は途切れた。話をしている最中に何か諦念のようなものに憑かれてしまったようだ。

「全然違うんだな」

 そういったきり、ラクは黙ってしまった。

 親友が落ち込んでいるというのはわかったけれど、慰める方法がちっとも思いつかない。

 少なくともそこで愚痴り始めないだけの分別を持ち合わせていたマヌは、手っ取り早く話題を変えることにした。

「そういえば、もうすぐ開門だよな」

 ただの開門ではない。自由にこの島を去り、入ることができる年に一度の特別な開門だ。

 裏庭からは、正門と海に沈んでいる道は見えない。なんとなくのっぺりとした黒い海の下に自分が逃げ出す道が見える気がした。

「開門か・・・」

 ラクは立ち上がって大きく伸びをした。

「俺、帰るよ」

「あ、うん。暗いから気をつけて」

 ラクはなぜか帰るといったのに帰らなかった。今日はいつもと違うと思いながら、マヌはラクを見つめた。

 いつもと違って難しい話をしたし、いつもならすぐに帰るのにこんなに遅くなるまでここにいたし、いつもはもっとわかりやすいのに、今日はちっともわからない。

 ラクは頭をかいてマヌをみた。その時だけラクは普段のラクらしく見える。

「俺、村に帰る。今度の開門の時にここを出るよ」

 ラクらしくない冗談だ。

 ラクはマヌの表情を確めて、馬鹿にしたような笑いを浮かべたけれど、それは無理矢理作ったような笑いに見えた。何か反応を返す前に、マヌの親友は階段を駆け下りて眼前から姿を消してしまった。

 夜風が冷たくて、体が震えた。昼間から顔を出していた気の早い月が憎たらしく光っている。

 村に帰る。島を出る。故郷に帰る。もうここにはこなくなる。マヌの友達が、いなくなってしまう。

 帰りたいのはこっちだよ。上に来たいってラクが言うから、そしたら楽しくなると思ってたのに、待ってたのに帰るって何?

 疲れてるからだ。もう一回ちゃんと話そう。ラクが来てくれたらきっと楽しい。ラクはその事を忘れている。

 だって、この時間がもうなくなるんだよ。

 マヌの言葉に我に帰って、謝るラクの姿が簡単に想像できた。忘れてるだけだから。ちゃんと話したらちゃんと元通りになる。だから、明日またちゃんと話そう。

 マヌは逃げるように部屋に駆け込んだ。何かを考える気分にもなれなかった。補講の疲れはとっくに忘れていた。明日ちゃんと話そう。部屋に逃げ込むだけでは足りなかったマヌは、制服も脱がぬうちに、眠りの世界に逃げ込んだ。

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