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後に伸ばしても仕方がないので先に言ってしまおう。
十門灰音はやっぱりお嬢様でした。しかも私立とはいえ何でこんな庶民の通う高校にいるのかというレベルの。
「鉄門扉だ……薔薇園だ……というかお屋敷だ……」
一条さんと四崎さんは普通に灰音ちゃんの後に付いて入っていく。多少気後れしたもののそれに付いていく私達以下三人。
それにしても。迎えの車がリムジンじゃなかったからすっかり油断していた。まあ、それでも普通の車と比べれば1座席が広くてふかふかだったけどね。
重厚な観音開きの扉を二人の燕尾服を着た男性が開けてくれる。
「「「お帰りなさいませ。お嬢様」」」
「……」
「ただいま。皆」
にっこり、と微笑みを浮かべる灰音ちゃん。彼女のその言葉を聞くなり左右にいた二十人ほどのメイド達が一気に動き出す。
「お嬢様、鞄をお持ちいたします」
「さ、お嬢様。お着替えの準備は出来ております」
「御友人の方々はどうぞこちらへ」
「お茶の用意が出来ております」
てんやわんやと流され、気が付いたら目の前のショートケーキの苺を遠慮なくフォークで突き刺していた。
「はっ……!」
柔らかい果肉が潰れ、甘酸っぱさと適度な冷たさが口の中に広がる。
この苺は美味しいっ……これだけの味でショートケーキに使えるくらいの大きさと形を持つものは稀少だ。
って、違くて。
「あの……。洗面台貸して頂けませんか」
「はい。お手洗いはこちらです」
「いや、そうではなくて……」
控えていたメイドさんに頼んでみたけど勘違いされてしまった。
「あら、真白さん。どうなさいましたの?」
テーブルの向かいで灰音ちゃんが紅茶のカップを持ちながら首を傾げる。いやいや、あのね。
「どうしたもこうしたもないよ。本来ここに来たのはそれぞれに似合う髪型とか制服の着方とかを教えようと思ってたからなのに、いつの間にかお茶してるよ!?」
「でも、この中で一番ケーキを食べているのは真白さんですわよ?」
「苺最強!」
家に帰ってから体重計に乗るのが怖い。
「じゃあ、まず灰音ちゃんはそのカールをほどいてきて。あと、悪いけど制服にも着替え直してくれる?」
「ええ、分かりましたわ」
あの後。
お茶を切り上げた私達は灰音ちゃんに用意してもらった鏡や髪留めがたくさんある部屋に移動していた。
ドレスルーム? それはまた別にあるらしい。
私の指示でメイドの一人と別の部屋へ向かう灰音ちゃん。
「さーてと」
私は目の前にずらりと並べられた装飾の類いを見た。百円位の物から想像もつかないくらい高そうな物。ピン留めからお馬鹿眼鏡まである。
……灰音ちゃんのセンスが心配になった。いや、もう縦ロールの時点でかなり残念だと言える。
とりあえず。
「紫織ちゃん、これ着けてみて」
「はい……あの、この眼鏡、私には派手すぎませんか?」
確かに、一見すると日本人形のような見た目の紫織ちゃんにこのワインレッドの太縁眼鏡は不釣り合いに見える。だが。
「いいから。騙されたと思ってかけてみて」
「……真白さんがそこまで言うなら……」
恐る恐ると紫織ちゃんが眼鏡をかけると。
「「「おおーっ!!!」」」
「え!? な、何なんですか??」
「はい。鏡こっち」
「……あれ? 案外変じゃない? それどころか少し……」
お馬鹿眼鏡はもちろん、太縁眼鏡のような個性的な小物はときにその有無で身に付けた本人を劇的に変化させる。まあ、よくある眼鏡を外すと美人云々の逆だ。
「はい、次一条さん」
「え? 私?」
「そ。ほら、早くここに座って」
紫織ちゃんとは別の鏡の前にある椅子を勧める。
「一条さんはだいたい合ってるけどワックス付けすぎ。あと、前髪はポンパ」
「え、ちょ、駄目。前はニキビが酷くて、」
「そうやって髪で隠してるほうが治りが遅くなるよ。髪は汚れを吸うし、重さで潰れるから。そもそもニキビなんて日に数回洗顔して、肌に合った薬をちゃんと塗っておけばすぐ治るよ」
「髪で顔がほとんど見えない人に言われても……」
「はい」
「………………参りました」
両手で上げていた前髪を下ろし、大人しくなった一条さんにどんどん手を加えていく。
丁度それが終わった頃、タイミング良く灰音ちゃんが戻って来た。
「皆さん、お待たせしました。あら? 五倉さん、一条さんとても素敵で、」
「はい、こっち来て」
「え、あ、ちょっと真白さん!?」
灰音ちゃんを姿見の前に立たせ、まず制服に手を加える。
「スカートはもっと長くして。校則通りに。カーディガンも袖から出さない」
「え、でも皆こうして……」
「皆がしているのが皆に似合うとは限らないから。むしろ似合わない場合の方が多い。服に着られてどうするのよ、全く」
「は、はあ」
「髪型も灰音ちゃんは縦ロールじゃなくてハーフアップ」
最後にベージュとブラウンの上品なバレッタをつける。
「わあ……!」
「可愛いっ……」
「綺麗!」
「縦ロールよりずっと似合ってる」
四人から次々と感嘆の言葉が漏れる。
間の抜けたお嬢様だった十門灰音ちゃんは深窓の令嬢へと変身を遂げていた。
本人も頬をピンクに染め、嬉しそう。
「次は橙子ちゃんと四崎さんだからね」
その後。
二人が終わる頃にはかなり日が傾き、自転車を学校に置いている人や私のように別の方向に帰る人もいたので、一度学校まで送ってもらい、その後各々家路についた。