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第三話 反乱前夜(7)

アパサと一応の話を済ませたトゥパク・アマルは、そのまま商隊を率いてペルー副王領の首府リマに向かった。

反乱準備を進めながらも、彼の中には、まだ判然とせぬ思いがかねてより存在していた。

それは、この国の暴政は、真にスペイン国王の意志なのか、という根本的な疑問であった。

なにしろ、この植民地はスペイン本国から遠く離れており、また、複雑な統治機構によって国王の意志は何段階にも渡る役人たちを介して、やっと民衆のもとに伝わってくる仕組みになっている。


仮に、スペイン国王が、あるいはこの植民地である副王領の副王が、どれほど崇高な理念に基づく統治をこの植民地で行おうとしていたとしても、末端の代官ら強欲なスペインの役人たちが法に暗い民衆を騙し、国王らの本来の大御心の実現を阻んでいるのかもしれぬ、という考えはまだ完全に否定することはできなかった。

真の敵は、末端の代官レベルなのか、あるいは、スペイン国王や副王レベルまで達するのか…――その見極めは、トゥパク・アマルにとって今後の行動を決める上で非常に重要なことであった。


そして、もう一つ、トゥパク・アマルの中で考察を要する問題があった。

それは、宗教の問題だった。

アンデス地帯ではもともと創造主ビラコチャ神への信仰が行われていたが、スペイン侵略以降、キリスト教が侵略者によって強制的に布教され、この200年の間にインカの民の間にもキリスト教信仰はかなり浸透していた。

スペイン人に憎悪を抱く民衆たちの中にも、キリスト教は受け入れ、今や熱心な信者である者が少なくなかった。


もちろん、キリスト教信仰と共に、心の奥深くに本来のビラコチャ信仰を秘めている場合は多かったが、それでも、キリスト教の存在は今や絶大なものだった。

侵略者のもたらした宗教が、時代の変遷によって、いつしかその支配下で苦しむ人々の精神的支えになっているというのも皮肉な話ではあったが、その事実をトゥパク・アマルは冷静に見極めていた。

今や、民衆の心の支柱ともなっているキリスト教までをも否定することは、民衆から精神的支柱を奪うことにもなりかねず、心を一つに合わせ、強い意志をもって侵略者に立ち向かわねばならぬ事態において、決して得策ではないはずだと考えていた。


「トゥパク・アマル様、まもなく首府リマに到着いたします」

ビルカパサの声に、愛馬に揺られながら考えに耽っていたトゥパク・アマルはゆっくりと顔を上げた。

商隊が進んできた荒野の道も、次第に舗装が進んだ石畳の路面に変わってきている。

道を往く人々の行き交いも、徐々に賑わいを見せてきたようだ。


さすがに、この首府リマの周辺はスペイン人が多く、どこか人々の装いも華やかで町全体の風情も西洋風な趣が濃厚である。

そのようなスペイン的気風の中でも、トゥパク・アマルら商隊の一行は、その格調高い輝きによって、路往く人々の目をひときわ惹きつけた。


荷を積む10台あまりの堅固な貨車には、インカの象徴である太陽の文様が彫り上げられ、風格がありながらも鮮烈な色彩が施されていた。

100頭あまりの荷を運ぶ頑強そうなラバの艶やかな肢体は陽光を照り返して輝き、それらを守るように進む50人ほどの商隊員たちは、正確にはトゥパク・アマルの選りすぐりの護衛官たちだが、毅然と胸を張って悄然と歩み、非常に統制がとれていた。


そして、商隊員たちに堅固に守られるようにして、その中央には愛馬に跨り凛として進むトゥパク・アマルの姿があった。

もちろん、トゥパク・アマルのすぐ横には、側近のビルカパサが、ひときわ逞しいラバの背の上で、いかなる事態にも瞬時に反応できる体勢で身構えていた。

ちなみに、この時代、騎馬を許されていたのは、白人以外ではカシーケ(領主)レベルの者だけだった。


トゥパク・アマルは、これから会おうとしている首府リマのある重要人物のことに再び思いを馳せながら、きっ、と前方を見据えた。

暮れかけてきた朱色の空を背景にして、まるで凱旋さながらに前進する、凛々しくも妖艶なまでの強いオーラを放つその「インディオ」の姿に、往来のスペイン人たちは気圧された眼差しで遠巻きに、あるいは、無意識のうちに道を開けていた。


一方、先程までは、路の端をスペイン人に遠慮がちに身を縮めながら歩んでいたその土地のインカ族の人々は、その壮麗な同族の商隊と、そして、同じインカ族とは思えぬほどに堂々たる態度で前進する馬上のその人を見て、まるで光を与えられたように胸を張って歩み始めた。

永年に渡り社会の底辺に追いやられ、すっかり自信を失っていたインカの人々にとって、トゥパク・アマルが何者かを知らずとも、同じインカ族の一人の人間が放つその輝くような存在感と高潔な雰囲気は、それだけで彼らに再び民族の誇りを呼び覚ます力を秘めていたのだった。

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