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側室殿の気づき

 イオナ嬢の小話です。

 時期としては、『正妃様の憂鬱』でナディアがエルディックに離婚宣言をした後位です。

 声高に言うべきことではないが、私は男というものを好いてはいない。

 女を馬鹿にし、蔑み、男がいなければ何も出来ないと決めつめる。そんな男を私は今まで何度も見てきた。父や兄もその類であったから、女には教育は要らないと言い、私や姉達にただ他の貴族に嫁ぐための準備としての礼儀作法や、従順な妻としての心構え、果てには閨で男を喜ばせるための技巧を学ばせた。

 はっきり言って無駄だとしか思えない。なぜ、それだけの努力を自分を軽視する男のために割かなければならないのか。

 私は父に反発した。育ててくれた最低限の礼儀として、教えを受けないといったことはしなかったが、それ以上に兄の教育係に学問を学び、兄の師匠に剣を学んだ。そして、13の時偽名で騎士団の入団試験を受け、入団した。

 姉2人が私の家より位の高い貴族に嫁いだことと、私が末子であることも幸いしたのか、父からは小言を言われようとも、偽名を用いて騎士団の従騎士になる所までは目を瞑ってもらえた。今思えば、他の貴族に知られたくなかったから呼び戻さなかったのかもしれない。

 しかし、現王が即位し、後宮が開かれたことにより、私は呼び戻され、側室として後宮に行くように強制された。

 家長の指示は絶対だ。そうでなくとも、家では軽視されている女である私は、家の駒として使われることが生まれたときから決められている。

 断りようもなく、父と兄が勝手に用意した荷物を持ち、後宮へと入った私は、そこで少しだけ男というものを見直す出来事にであった。




「・・・ふんっ」


 木刀を握り、前から迫り来る木刀を弾く。その勢いに乗じて木刀を突き入れると、相手の動きが止まった。驚きに見開かれた瞳に笑みを向け、私は木刀を下ろした。


「以前よりはましになったが、まだ遅いな」

「イ、イリス先輩が速いんですよ! 私より先に引退なさったのに、何でそんなに速いんですか!?」


 目の前で半泣きで抗議してくる元後輩の騎士、ルシアに、私は溜息をもらす。


「引退したことと、鍛錬しないのとは別だろう。一度鈍らせてしまえば、再び鍛えるのは難しいからな」

「・・・うぅ」

「あと、私のことは名前で呼んでくれと言っただろう」


 イリスというのは、私が騎士団で使っていた偽名だ。私の名前は珍しいから、家との関係がばれてしまう可能性があったため、偽名で入団試験を受けた。後宮に来た時点でばれてしまっているから、名前で呼ぶように皆に伝えたのだが、まだ時々偽名で呼ばれてしまう。


「だって、ずっとイリス先輩って呼んでたのに、いきなり名前でって言われても慣れないですよぉ」

「慣れてもらわないと困る」


 このルシアもそうだが、知り合いの騎士の数人が護衛騎士として後宮に勤めている。何か後宮内で事件があったとき、他の者の前で偽名で呼ばれると流石にまずい。・・・騎士団に入っていたことは秘密だからな。


「とりあえず、今朝の訓練はここまでにしよう。これから見回りなのだろう?」

「あ、はい。ありがとうございました!」


 目の前でぺこりと頭を下げるルシアに目尻が下がる。可愛らしいものだ。

 日の出前に、中庭でこうして元後輩に訓練をつけたり、元同僚と剣を交えたりするのが私の最近の日課である。後宮に来てすぐの頃は、王が側室の所へ順にお渡りになっていたから、他の側室の勢力や位置関係を掴む必要があって自由に出歩くことも出来なかったが、現在はその心配もない。王が1人の側室に目をかけていることと、私が正妃の位に興味が無いと周囲に知られていることが主な理由だろう。

 何にせよ、以前と同じような生活が出来るのはとても喜ばしい。

 一礼し、慌しく去っていくルシアの後姿を見送っていると、不意に彼女の足が止まった。そして、音を立てずに慌しくこちらに戻ってくる。


「どうした?」

「お、王がこちらに歩いていらしてるんですよ!」


 小声でまくし立てるルシアに、私は首を傾げた。

 別に、王が来ていることに問題は無いはずだが。ここは後宮なのだし。


「早く木刀隠してください! 側室がそんなの持ってたら色々と問題があるでしょう!?」


 ・・・成程、私の心配をしてくれていたのか。確かに側室が木刀を振り回していたら、おかしい。良家の子女というものは、剣を習いはしないだろうから。

 だが、別に王に好かれたいとも思わない身としては、わざわざ外面を取り繕う必要はない。むしろ、嫌って通って来ない方がありがたいし、後宮から追い出してもらえるならそれはそれで歓迎だ。


「忠告はありがたいが、別に構わない。それで嫌悪を抱く男など、こちらから願い下げだ」

「せ、先輩が男嫌いなのは知ってますけど、そういう問題じゃ」


 王の姿が視界に入り、途中でルシアは口を閉じた。騎士の最敬礼を示す。私も礼を示した。


「・・・そんなに堅くならずとも良い。顔を上げてくれ」


 その言葉に、私とルシアは顔を上げた。身の引き締まった、精悍な男性の姿が視界に入る。しかし、その表情からは何を考えているか全く読み取れなかった。

 この方が、王なのか。


「少し頭を冷やしに来ただけだ。邪魔をしてしまったな、済まない」

「・・・過分なお言葉、痛み入ります」


 どうやら、権力を傘にきて威張り散らすような人物ではないらしい。世間の評判では、政に精を出す立派な王とされているが、あながち間違いではないようだ。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 王は全く喋ろうとしない。別に声をかけて欲しいわけではないので、構わないが。


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 特に表情を変えず、王はこちらを眺めている。こうして黙って見られると流石に居心地が悪い。こちらから声をかける用もないし、不敬だからかける気もないため、どう対応していいか分からない。他の側室はどう対処しているのだろう?


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・何か?」


 痺れを切らし、失礼とは思いながらもこちらから声をかけると、王は少し眉を顰めた。・・・怒っているのか?


「・・・・・・いや・・・このような朝早くから、何をしていたのか気になってな。・・・気に障ったのなら済まない」


 ・・・どうやら、随分と謙虚な王らしい。思っていたのとはだいぶ違うな。


「こちらの護衛騎士と剣の訓練をしていたのです」

「訓練? 側室なのに?」


 そう言って、王は私の左腕にちらりと視線を向ける。そこには、側室の証である腕輪がはまっている。それを見て、私の身分を判断したのだろうが、その言い様は腹立たしい。側室は剣など使えなくても良いと言いたいのか。

 男というのはいつもそうだ。こちらの内面を考慮せず、外面だけで判断し、自分の押し付けで物を言う。


「側室であっても、自分の身を自分で守れたほうが良いでしょう。それに、側室だから剣を使えなくて良いというのは偏見でありましょう」

 

 私の憮然とした物言いに、ルシアの表情が強張る。不敬かも知れないが、構うものか。軽く睨みつける私に、王は顔を顰めた。流石に怒らせたかもしれないな。だが、撤回する気はない。


「・・・・・・そう、だな。ここにはそう危険はないだろうが、使える方が良い。失言だった。失礼した」

「!?」


 軽く頭を下げられ、私は困惑した。ここまで言われれば、今まで会った貴族の男は皆怒りを露わにしたが、王はその類の男とは違うらしい。少し、新鮮だ。

 呆然と眺めていると、再び王の顔が顰められる。


「・・・たまに、気づかずに不快になることを言ってしまうことがあるのだ。怒らせるつもりは無かった」

「・・・いえ、こちらこそ陛下のお考えを察することが出来ず、あのような物言いをしてしまい、大変失礼致しました」

「・・・・・・」


 王は相変わらず表情を変えないが、少し落ち込んでいるように見える。と、王は小声でポツリと呟いた。


「・・・・・・あの子にも、度々言われているのに・・・」

「・・・・・・?」


 王が言う"あの子"とは誰のことだろう? 流石に聞くわけにもいかないが、気にはなる。毎日通っているという側室のことだろうか?


「・・・・・・邪魔をしたな。失礼する」


 そう言い残し、王はもと来た道を戻っていく。その後姿は何故か最初声をかけられたときより小さく見えた。

 完全に姿が見えなくなると、ルシアが涙目でこちらを睨みつけてきた。


「先輩、何考えてるんですか! 不敬罪で後宮追い出されるかと思いましたよ!」

「済まない。だが、後悔はしていないが」

「少しはしてください!」


 始まったルシアの小言を聞き流しつつ、私は王の去っていた方を眺めた。

 しかし、あの方がこの国の王か。男にも、あのような人はいるのだな。女の言を聞き、正当な主張であれば改めることが出来る人が。

 ほんの少しだが、男というものを見直した。

 それと同時に、自分の中にも男に対して偏見があったことに気づく。・・・気づいてみると、恥ずかしいな。人のことは言えないかもしれない。

 王も、それで落ち込んでいたのだろうか。


「イリス先輩! 聞いてるんですか!?」


 ルシアの小言が更に強くなる。怒った姿も可愛らしいのだが、流石に耳が痛いな。だが、配慮をしてくれる筈も無く。

 結局、名前の間違いを正す機会もなく、私はルシアに見回りの騎士が通りかかるまで叱られる羽目になった。

 これが、私と王の初めての顔合わせだった。




 王と顔を合わせてから、私は以前よりは男というものを見直している。相変わらず好きにはなれないが、少なくとも全ての男を一括りに判断することは止めた。王のような男もいるし、もしかすると今まで私が会った男が最低な部類に入る者だったという可能性も無くはない。そうでなければ、立て続けに同僚が結婚するなど有り得ないだろうからな。ルシアも、今年従騎士となった同郷の幼馴染と婚約したらしい。何でも、彼女を追いかけて騎士団に入団したそうだ。

 そんな話を聞くと、男にも良い者はいるのだなと最近は素直に思えるようになった。以前は幻想だと思うことが多かったのだが。

 まあ、それでも私は男と結婚したいとは思わない。偏見を持たないのと、付き合いたいと思うのは別のことだ。自分に偏見を持たず、個人として扱ってくれるような稀有な男がいればまた違うかもしれないが、そんな者に出会うことは多分無いだろう。

 ・・・そう思っていた私が、どういった因果か自分から男に結婚を申し込むことになるのは、この時点ではまだ与り知らぬことだった。

 

 

 読んでくださり、ありがとうございます。

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