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弟君の秘事

 正妃様の茶話会より後の話ですが、特に続きではありません。

 テミスリート視点です。

 物心ついた頃にはまだ寝台から離れられるほど身体が強くなかった私は、いつも家族に迷惑をかける存在でしかなかった。後に、周囲から疎まれる存在ですらあったことを知った。ただ静かに過ごしているだけでも熱を出し寝込み、少し無理をするだけで死の淵を彷徨う、ただのお荷物でしかない存在。

 しかし、そんな私を家族は愛し、守り、存在を認めてくれた。だから、私は家族のためだけに生きることを幼い時分に決めた。




「今晩は、兄上」


 数日振りに訪ねてきた兄上を、私はいつものように出迎えた。


「久しいな、テミス。・・・ここ数日、来られなくて済まない」


 目の前で肩を落とす兄上に思わず苦笑が漏れる。ずっと前の約束を未だに守ろうとしてくれているのは嬉しいけど、もういいって言ってるのに。


「気にしていません。最近はお忙しいのでしょう?」


 ナディア様を正妃に定めたことで、国民への披露を兼ねた式典や貴族達の公の夜会といった大きな行事が増え、企画と予定の調整のために連日会議が行われていると以前言っていたから、後宮を訪れる時間が無いのだろう。・・・まあ、それもナディア様に世継ぎを産ませたくない貴族達の思惑かもしれないけど。


「お時間が取れるのでしたら、ナディア様との逢瀬を楽しまれたほうが良いのではありませんか? お寂しそうでしたよ」


 兄上が早くナディア様との間に子どもを作ってくれれば、ナディア様に危険が迫ることも無くなる。そうすれば、私も気を遣わなくて良くなるし、楽になるんだよね。

 それに、毎日のように寂しそうに兄上の話をするナディア様を見ていると、私も寂しく感じてしまうし。

 世間話をするように軽くそう言った私に、兄上は眉を顰める。あ、凹んだ。


「・・・テミス、最近冷たくないか?」

「そうですか? 私としては、兄上が早くナディア様との間にお世継ぎをもうけてくだされば、彼女を作らなくて済みますし、嬉しいのですが」

「・・・根に持ってたのか」


 溜息をつく兄上に、私はニコリと微笑する。

 確かに、後宮の側室達は美しいし、教養もあるけど、兄上を好きでナディア様に嫌がらせしたり危害を加えようとしたりするような人と付き合いたくないし、向こうも私なんて願い下げだろう。今の後宮には兄上を好きじゃなくて残っている人は殆どいないから、選択肢もないし。

 そうでなくとも、私には彼女を作りたくない理由があるから、作らなくて済むならとても都合がいい。


「恋をしたことのない私に、彼女なんて無理ですよ。出来たら素敵かもしれませんが」


 人付き合いは苦手だし、女性に接した経験も片手に満たない程の人数だから、恋なんて夢のまた夢だ。生きていくのに必要なものでもないし、したいとも思わないけど。

 くすりと笑う私に、兄上は複雑そうな顔を向ける。また、余計なこと考えてるな、兄上。


「・・・私を恨んでいるか?」

「何故?」

「私がここに留まるよう強要しなければ、お前は自由に生きられただろうに」


 ・・・また昔の話を・・・。私は溜息をついた。

 私が狂言死をして王宮を去る旨を告げたとき、兄上は猛反対した。実際、結構な大喧嘩で、周囲に兄上と私が仲違いしたと勘違いされたほどだ。結局一月経っても決着つかなくて、仕方ないから勝手に死んだことにして、形だけのお葬式終わるまで隠れてたんだけど、その日の夜に見つかって、後宮に連行されたんだよね。あの時はいつもの様子からは考えられないほど強引だったけど、多少は気にしてたのかな。

 ・・・私は嬉しかったんだけどな。離れたくないって思ってくれてるのが凄く伝わってきたから。

 まあ、連行された場所が場所だけど、そこはしょうがない。王宮には居られなかったしね。というか、何で隠れてる場所知ってたのかな。

 色々と思うところはあるけど、まあ、今となっては過ぎたことだ。


「・・・兄上がどのようにお思いかは分かりませんが、ここに留まることを最終的に選んだのは私です。恨む理由なんてありません」


 本心を押し隠し、私は兄上に笑顔を向ける。

 兄上の中ではまだ、ナディア様への愛情と私への親愛の情が拮抗している状態だ。私より、ナディア様を想い、優先するようになってもらわないといけないから、あまり素直に気持ちを伝えるわけにはいかない。

 いずれは、私が居なくてもいいようになってもらわないと・・・。


「どちらにせよ、恋をする相手は現れないと思いますから、どこで生活していてもそこまで変わりませんよ」

「サリヴァント伯爵嬢は違うのか?」

「!?」


 思いがけない名前が出て、驚いてしまった。兄上、何で知ってるのかな。


「最近仲がよいとナディアから聞いたのだが」


 ・・・ああ、成程。ナディア様から筒抜けなのか。


「彼女は私が珍しいだけですよ。私としては、相手をして頂けるおかげで退屈しないので、ありがたいことですが」


 ちょっと強引で困るけど、可愛がってくれてるのは分かるから、拒絶できないんだよね。良い人だし。


「それに、彼女は男は嫌いだそうですから」

「・・・テミス・・・」


 苦笑する私に、兄上は再び複雑そうな顔をする。・・・全く。


「兄上が気になさることなんて何もありません。さ、お茶にしましょう」


 話を切り、兄上に席に着くように促す。今日のお茶菓子は昼間にイーノと焼いたコーヒーパウンドだ。

 最近、イーノは少し手先が器用になって、以前より色んなことがやってもらえるようになった。次は繕い物が出来るようにお針を教えた方がいいかな。

 予め沸かしておいた薬缶に手を触れると、先程より少し冷たい。紅茶が淹れられないほどじゃないけど、あまり味が出ないかも。


「少し温いかもしれませんが、構いませんか?」

「ああ」


 未だに険しい顔をして、兄上が席に着く。

 昔からなんだけど、ちょっと過保護なんじゃないかな。これでも成人してるんだし、今のところ表立った症状はないんだから、もう少しほっといてくれても良いのに。・・・じゃないと、ばれそうで怖い。

 紅茶の入ったカップを兄上の前に置く。手を引っ込める前に、横からその手を握られた。


「兄上?」

「お前・・・以前より、やつれたのではないか?」


 言われた言葉に少し驚く。そ、そこまで変わらないと思うんだけどな。食べる量は減っていないし。

 感触を確かめるように、手と腕を擦られ、少しくすぐったい。


「きちんと食べているのか?」

「もちろんです」

「・・・私たちがいない時に、何かあったのか?」


 何か、今日の兄上しつこいな。微妙に鋭いし。ただでさえ心配性だから、兄上の旅行中少し寝込んでたなんて絶対言えない。また出歩き禁止令出されちゃうと困るし。

 呆れたように、溜息をつく。


「特に何もありません」

「そうは言うが、あまり顔色も良くないぞ」

「この程度、以前はいつものことでしたでしょう」


 幼い頃よりは改善してるはずなんだけどな。鏡で見たけど、そんなにいつもと違うってこともなかったし。考えすぎだと思うんだけど。というか、考えすぎだと思っておいて欲しい。


「本当に、大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。イーノもついていてくれますから、そんなに気になさらなくても」


 イーノの名前を出した途端、兄上の眉が上がる。そんなにいけ好かないのかなぁ。ちょっとワガママなところもあるけど、根はいい子だよ。


「・・・魔物がそこまで当てになるものか」


 首を振って、兄上は寝室の扉を睨みつける。イーノは兄上が来る日はいつも寝室にいるんだよね。私に気を遣ってくれてるのかなと最近は思う。


「大方、お前の血肉狙いだろう。シェーラ様とて王宮を出れば狙われていた。魔女は魔物にとって大層な馳走なのだろう?」

「まあ、そこは完全には否定できませんが・・・あの子は優しい子ですし、心の機微が分からないだけで、人と変わりませんよ。今までにも色々と力を貸して貰いましたし」

「・・・・・・」


 兄上、何だか機嫌悪いな。悪いことでも言ったっけ?


「・・・魔物には頼れても、私には頼れないのか?」

「は?」


 突然何なのかな。呆れて二の句が告げない私を、兄上はじろりとねめつけた。


「あれよりも、私の方が頼りないと言うのか?」


 誰もそんなこと言ってないよ、兄上。私が言いたいのは、私のことは気にしなくて良いってことだけなのに。何で伝わらないかな。


「頼れる頼れないの問題ではないですよ。単に、私にはイーノがいてくれますから、そんなに気になさらずとも平気だと申しているだけで」

「もういい」


 ・・・何か、地雷踏んだみたい。見るからに怒ってる兄上見るの凄く久しぶりだな・・・って悠長なこと言ってられないよ!


「あ、兄上?」

「お前を独りにさせておいたのが間違いか。魔物にそれほど情を移しているとはな」

「いえ、あの」

「もう少しお前とは家族の絆を確かめる時間を持ったほうが良さそうだ。今日は泊まっていく」

「えぇ!?」


 目を丸くする私の前で、兄上が紅茶を一気に飲み干した。・・・目が据わってるよ、兄上!


「シェーラ様が亡くなられた時以来だな。偶には良かろう」

「あ、兄上、私もう成人して」

「何か言ったか?」

「・・・・・・いえ」


 兄上の背後に黒い瘴気が渦巻いてる。こ、怖い・・・。


「家族水入らずで過ごすのも、大事なことだぞ、テミス」


 普段なら絶対しないような凄みのある笑みを向けられ、私は乾いた笑いを漏らした。

 ・・・イーノ、寝室から追い出されそうだな。何か寝床になるもの用意してあげないと。

 こうして、兄上との雑魚寝が決定したのだった。




 その日以来、夜明けに訪れることが再び増えた兄上に、私は少し困ってしまう。私のことは忘れて、ナディア様と幸せになって欲しいのに。でも、嬉しいとも思ってしまって複雑だ。

 今の私に残された、たった一人の大事な家族。近い未来なのか、ずっと遠い未来なのかは分からないけれど、きっと私は兄上を残して逝くことになる。その危惧はいつも私の心にあった。

 だからこそ、私が傍に居られるうちに、兄上には心の支えとなる新しい家族を作って欲しい。

 そのために、兄上の心を私から逸らし、ナディア様に向ける。そして、二人が幸せになってくれるように影から支える。いつか私が居なくなっても大丈夫なように。

 それが、私の生きる理由。

 それを知ればきっと兄上は傷つく。だから決して言う気は無い。そのまま天まで持っていくつもりだ。

 だから、出来るだけ傍に居てくれようとするその気持ちが、本当は涙が出そうになるほど嬉しいことは秘密だ。言ってしまえば、余計に気を遣わせてしまうから。

 ・・・幸せになってくださいね、兄様。

読んでくださり、ありがとうございます。

実は、最初の一夜で側室に多大な偏見を持ったエルディックを励まし、宥め、他の側室の元に送り出したり、エルディックとナディアの仲を深める手助けをしたり、ナディアに迫る悪意を妨害したりと意外に弟君は兄に内緒で頑張っているのです。

小話に書くとくどくなるので、こちらで補足しました(^^;)。

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