正妃様の茶話会
国王陛下の嫉妬の続きです。
エルディック様、どうされたのかしら?
先月、テミス様が持ってきてくださったパイをお出しした日から、訪れるエルディック様の様子が少しおかしい気がする。どう言えばいいのかしら。ええと・・・何か物足りない感じ? なのかしらね。
パイを食べていらしたときは本当に嬉しそうでいらっしゃったから、もしかするとまた召し上がりたいのかしら? テミス様にお願いしてみましょう。
いつものように午後のお茶の時間に、私はテミス様を部屋にお招きした。
今日のお菓子は生クリームとフルーツがふんだんに用いられたロールケーキ! テミス様って本当にお菓子作りがお上手だわ。
冷えたフルーツとクリームを口に入れ、その味を楽しみながら、私は紅茶を味わってらっしゃるテミス様に声をかけた。
「そういえば、テミス様は、最近パイを作りませんのね」
「夏も盛りですからね。温かいパイは好まれないかと思いまして」
困ったようにお笑いになるテミス様の言葉に納得する。そうね。冷ますと味が落ちてしまうし、温かいのを持ってきて頂いてもこの季節だと食べづらいわ。
うーん・・・エルディック様もお嫌かもしれないわね。
色々と悩んでいると、テミス様が不思議そうに目を瞬かせなさった。
「お召し上がりになりたいのでしたら、作らせていただきますよ?」
そう仰ってちょこんと首を傾げられる。・・・テミス様って可愛らしい仕草が本当にお似合いになるから羨ましいわ。姫だったら内外問わず引く手数多でしょうね。
そんなことを思いながら、私は手に持っていたフォークを皿の上に下ろした。
「いえ、私でなくて、王ですの」
「兄上が?」
「ええ。以前アプリコットパイを差し上げたとき、本当に美味しそうに召し上がっていらっしゃったから」
「・・・・・・成程」
テミス様が軽く額に手を添えられる。何か、おありだったのかしら?
「そうですね・・・この季節にパイは少し厳しいかもしれません。湿気も多いですし、生地を仕込んでおけないので、時間がかかってしまいますから」
「そうですの・・・」
確かに物が傷みやすい時期だものね。氷室はそうそう使わせてもらえるものではないし、仕方ないかもしれないわ。
エルディック様が喜んでくださるならテミス様にお願いしたいところだけど、私の我儘でテミス様のお手を煩わせるのは申し訳ないわね。
溜息をつく私に、テミス様は柔らかい笑みを向けてくださった。
「ナディア様は、王を喜ばせたいのですよね?」
「・・・ええ」
「でしたら、よい方法がありますよ」
そう仰って、テミス様が教えてくださった方法は、エルディック様だけでなく私にも嬉しい方法だった。
一週間後、私はエルディック様を昼の茶会に招待した。政務がお忙しいかと思っていたのだけれど、事前にお伝えしていたこともあって、何とか時間を空けてくださったみたい。
昼間にもお会いできて嬉しいわ。
「エルディック様、いらっしゃいませ」
「ナディア、お招きありがとう」
そう言って、エルディック様は私に小さな白い花束を下さった。可愛い!
来てくださっただけでなく、お土産まで下さるなんて嬉しいわ。私は幸せね。
「もう少ししたら、テミス様もいらっしゃいますわ」
「・・・そうか」
あら? エルディック様の眉が少し上がったわ。テミス様と喧嘩でもなさったのかしら?
私はお茶の準備をする。と言っても、優秀な侍女達が茶葉も湯も用意してくれたから、私がすることなんてお湯と茶葉をポットに入れて蒸らすだけなんだけど。
エルディック様の前に淹れた紅茶を置くと、口元に笑みを乗せてお礼の言葉を下さった。
・・・エルディック様が笑うと、本当に絵になるわ。普段のお顔も素敵だけど、笑顔が一番素敵だわ。
私もつられて笑顔になる。そのまま、エルディック様と見つめ合っていると、扉をノックする音が聞こえてきた。テミス様だわ!
「私が出る」
私がポットを置く前に、エルディック様がテミス様をお迎えに行かれる・・・怒っているように見えたのは、気のせいかしら?
「ナディア様、遅れてしまって申し訳ありません」
そう言って入っていらしたテミス様のお手にある包みに、私は目を丸くした。
いつもの数倍はありそうな包みね。しかも、いくつかあるし・・・良く、持って来られたわね。
「テミス様、重くありませんの?」
「ええ、大丈夫です」
テミス様は持っていらした包みを一つずつそっと机にお乗せになった。そして、一つずつお開きになっていく。そこからこぼれ出る、色とりどりのケーキに私は見とれた。
す、凄い!
「兄上もお手伝い願えませんか?」
「あ、ああ」
テミス様の声に我に返り、私も包みを解くのを手伝う。そのうち、机の上には5つの丸いケーキが姿を現した。それ以外にも、クッキーやフィナンシェなどの焼き菓子も並ぶ。
テミス様、こんなに作っていらしたのね・・・。
それらを大皿に盛り、テミス様はニッコリとお笑いになった。
「さ、頂きましょう」
席に着くと、テミス様がケーキの説明をしてくださった。
「これは、ガトーショコラです。ビターチョコを使っているので、そこまで甘くはないと思います。こちらは紅茶のシフォンケーキです。生クリームをつけても美味しいと思いますよ」
「これは?」
「チーズケーキです。酸味があるので、好みが分かれるかもしれません。それと、こちらがシブースト。上にかかっているのはカラメルです。最後に、こちらがフルーツタルトです」
食べたことのあるものもあるけど、初めてのものばかりだわ。思わずじぃっと見つめてしまう。
そう言えば、エルディック様はどうかしら? ふと顔を上げてエルディック様をちらりと伺って、私は目を丸くした。
え、お、驚いてらっしゃる? 御目がキラキラと輝いていらっしゃって、とても可愛らしい。
「どれから、召し上がりますか?」
テミス様のからかう様な声に、エルディック様は困ったように眉を顰めた。選べなくて困っていらっしゃるみたい。そうよね、どれも美味しそうですもの!
「ナディア様はどうされますか?」
「え!? わ、私は・・・じゃあ、シブーストを」
「かしこまりました」
うぅ、テミス様が突然言われるものだから、慌ててしまったわ。心を落ち着かせようと胸に手を当てて呼吸を繰り返していると、目の前に切り分けられたシブーストを置かれる。
エルディック様も決まったみたいで、ガトーショコラを受け取っていらした。真っ黒なケーキは初めて見たわ。テミス様はシフォンケーキ。ふわっふわであれも美味しそう・・・。ちらちらと見ていると、同じように見ているエルディック様と目が合う。は、恥ずかしい・・・!
「たくさんありますから、食べ比べてみてくださいね」
私達の思考はお見通しだったのか、テミス様がくすりとお笑いになる。うぅ・・・。
考えないことにして、私はシブーストをフォークで切り、口へと運んだ。
「美味しい!」
カラメルは甘いけどほろ苦くて、中のクリームはふんわりしていて舌の上でくしゃりと萎む。その感触を味わって何度も何度も口に運ぶうちに、お皿の上から無くなってしまって、なんだか少し寂しい。
「もう一つ、いかがですか?」
テミス様が気を遣って奨めてくださったけど、他のも食べ比べてみたいから、エルディック様の食べているガトーショコラを頂く。
カラメルとは、また違った苦味があって、これも美味しい。・・・今日一日で太りそうだわ。気をつけないと。
「美味しいですわね」
「ああ・・・」
隣でゆっくり味わってケーキを召し上がっているエルディック様に声をかけると、人前ではあまりなさらないような穏やかな顔をしていらした。
色々なエルディック様が見れて、今日は役得ね。
また、機会があれば一緒にお茶がしたいわ。
結局、ケーキは殆どがエルディック様のお腹に収まった。甘党でいらしたのね、エルディック様。
読んでくださり、ありがとうございます。