国王陛下の独白
あまりにも登場の少ないエルディックの小話です。
傍らで穏やかな寝息を立てる最愛の女性を見下ろし、私は頬を緩めた。
早く目的地に着きたくて少し強行軍に出たせいか、眠りが深く、少しのことでは起きそうに無い。
「(さすがに、無理をさせすぎたか)」
そっと目元にかかった前髪を撫ぜ、その傍らに横になる。布越しに感じる温もりに、心も温まる気がした。
現在、私には宝物が二つある。
ひとつは、先日ようやく正妃になってくれたナディア・エルヴァラント嬢。
後宮で初めて出会ったときから、その可愛らしさに惹かれていた。
・・・言っておくが、見た目ではない。いや、見た目もとても愛らしいのだが、そういう意味ではない。何と言えば良いか・・・・・・・・・そう、表情だ。純粋に訪れを喜んでくれる、嬉しさを隠そうとしない笑みに惹かれたのだ。
三年前に後宮が開かれてから、臣下が招き入れた様々な側室と会ったが、その殆どが正妃の地位欲しさに訪れを歓迎しているだけで、話もそぞろに寝室へと案内された。最初に体験したときは、外聞など気にしていられない程大慌てで逃走した覚えがある。その日以来、あからさまではなくとも、寝室に誘う側室の元へは次は訪れないことにした。
そんな中で、初めて心から嬉しそうに笑ってくれた彼女に、心が躍ったのは不思議ではない・・・と思う。
足繁く通ううちに、その感情の豊かさにすぐに虜になった。女性に接した経験が少ない身としては、乙女心というものが良く分からなかったが、少しのことで傷ついたり喜んだりするナディアを見ているうちに、どんな対応を取ればいいか分かってきた気がする。・・・まあ、協力者もいたしな。
とにかく、その頃はナディアと会いたくて仕事もかなり必死で終わらせていた気がする。自分では、毎日会いに行く度に疲れが吹っ飛んでいたと思っていたが、実際はそうではなかったと後で知った。
仕事に疲れていたとはいえ、寝ぼけた自分の失態のせいで不貞を疑われた挙句、離婚宣言までされてしまってどれだけ落ち込んだか。自業自得だと分かっていても、毎日ショックでヤケ酒続きだった。さすがに、その事は今もナディアには内緒だ。・・・・・・酒に走る男は、嫌われるだろう? 言えるわけが無い。
色々あったが、今は無事にナディアと結ばれて、こうして新婚旅行までできている。
純粋に嬉しい。
そして、もうひとつは言わずもがな、私を影から支えてくれている大切な弟テミス。
今も可愛らしいが、小さい頃はそりゃあもう可愛かった。
私の後を「にーたまー」と言ってとてとて追いかけてきたり、口下手だった私の話を本当に楽しそうに聞いてくれたり。
生まれてすぐに母を亡くし、家族というものをあまり良く知らなかった私に、父がシェーラ様とテミスを紹介なさったときはどう接してよいか分からず、困ってしまったが、今は紹介して頂けて良かったと心から思う。シェーラ様は少し変わってらっしゃったけど、くるくると変わる表情はとても好ましいものだったし、本当の母のように接して下さった。テミスは会った時まだとても小さくて、話すことも出来なかったけれど、私を見て嬉しそうに笑ってくれた。今も、それは変わらない。
ただ、少し気になっていることもある。結構な泣き虫だったあの子が、シェーラ様が亡くなられてからは一度も泣いていない。大人になったのだと思えば可笑しいことではないのかもしれないが、それとは少し違う気がする。何と言うか・・・・・・・・・難しいな・・・・・・感情を隠すようになった、といえば良いのか? 私の前では『大丈夫』としか言わない気がする。少しぽやぽやして鈍感なところもあるから、本心なのかもしれないが。
後宮に来てからは、なるべく目立たないように、気づかれないようにと生活しているから、それが不憫で毎日様子を見に行ってしまった。毎日会いに行くと約束も交わしていたし、ナディアのことを他の者には相談しづらかったというのもあるが。そのせいで、ナディアに離婚宣言されたのだと思うと、少し反省する。あの衝撃は二度と味わいたくない。だが、今はナディアにも了解を得ているし、諸手を挙げて会いに行けるようになっているから、テミスの所に行って離婚を言い渡されることは無いだろう。
私たちがいない間、元気にやっているだろうか? 結構しっかりしているが、抜けている所もあるし、少し心配だ。それに、大丈夫と言っているが、身体もあまり強くない。無茶をして部屋で寝込んだりしていないといいが。
・・・考えると、心配になってきた。折角の新婚旅行だし、長居したいが、少し早めに帰還しよう。
また、改めて旅行に出る口実も作れるし、な。
まだ陽が昇り始めたばかりの薄明かりの中、ナディアが私の腕の中で身じろいだ。
「ん・・・」
うっすらと目を開け、私と目が合うと、ふにゃりと笑う。
・・・可愛い。
「おはようございます、陛下」
「エルディックで、いい」
そんな、他人行儀な呼び方をされるのは嫌だ。そう思って言ったのだが、しかめっ面を向けていなかったか心配になる。私の言い方だと、怒っているように見えてしまいやすいから。
「はい、エルディック様」
しかし、ナディアは嬉しそうに笑って言い直してくれた。素直に嬉しい。今は、ナディアにしか名前で呼んではもらえないから。
「まだ、起きるには早い。寝ていてもいい」
そっけない言葉が口から出てきて、自分でも慌てる。もう少し上手な言い方を思いつけないのか、私は!
「そう・・・ですか?」
「ああ」
「なら、お言葉に甘えて」
特に傷ついた様子もなく、ナディアは再び瞳を閉じた。そして、私の方へと身体を寄せる。
「(温かい・・・)」
先程よりも温かさが増す。それと同時に、優しい香りが鼻腔をくすぐった。
い、いかん・・・!
「(が、我慢だぞ!)」
疲れている女性に自分の都合で手を出すなど、最低だ!
私は必死で理性を押し留めた。そうしているうちに、再びナディアは寝息を立て始める。その可愛らしい寝顔に顔が熱くなるのを感じつつ、私は枕に顔を埋めた。
そのまま完全に日が昇るまで、理性と戦う羽目になったのは、ナディアにもテミスにも内緒である。
読んでくださり、ありがとうございます。