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ファーストコンタクト

 エルディックが帰ってきてからしばらくしてからのお話です。

 時間軸としては、『正妃様の茶話会』と『弟君の秘事』の間くらいだと思います。

 エルディックの惚気攻撃が大分収まったある明け方に、テミスリートはエルディックにイーノを紹介することにした。


「イーノ、ちょっと付き合ってくれる?」

「何にだ?」

「兄上に、イーノを紹介しておきたいと思って」

「ああ、あのよく来てるうっとおしい奴か」

「(うっとおしいって・・・)」


 あまりの言い様に、テミスリートは困ったように眉を顰めた。確かに、夜明け頃にやってきて、散々その日のことを話して帰るエルディックしか見ていないイーノにとってはうっとおしいのかもしれないが、流石に言いすぎだと思う。

 しかし、テミスリートが思っているよりもイーノには被害が出ている。エルディックは夜明けと同時に来てまだ完全に日が射さない時間に去っていく。そのため、エルディック達が帰還してから、その来訪に合わせてテミスリートは早目に床に着き、夜明け前に起きるようになっていた。当然、一緒に寝ているイーノも引きずられている。

 睡眠を必要としない魔物であるから、テミスリートが寝てしまうとつまらない。仕方ないから一緒に寝る。なのに、気持ちよくなってきた所でテミスリートの起床のために起こされる。そして、エルディックが帰るまでは静かに寝室にいなければならない。その上、そこまでしてもエルディックが来ない日もあり、苛立ちも尚更である。


「いいぞ。会ってみたいと思っていたからな」


 文句の一つも言いたいと常々思っていたイーノは、二つ返事で承諾した。




 翌日の夜明け頃、いつものようにやってきたエルディックを、テミスリートはイーノと共に出迎えた。


「こんばんは、兄上」

「あ、ああ。・・・その鳥は?」


 テミスリートの肩に留まったイーノに目を向けたエルディックに、テミスリートは困惑気味に目を瞬かせた。

 流石に、魔物と紹介するわけにもいかない。

 何と言っても、魔女と魔物は互いに天敵なのだ。テミスリートは厳密に言えば魔女ではないが、魔物にとって極上の糧なことには変わりない。

 シェーラが王宮の外で散々魔物に襲われていたのを知っているエルディックは、きっとイーノを傍に置くことを反対するだろう。


「えぇと・・・兄上の旅行中に後宮に来た子です。懐かれたようなので、イーノと名づけました。傍に置いても構いませんか?」


 本当のことを伝えておきたい気もするが、色々と揉めるのも嫌なので、敢えて魔物であることは伝えないことにした。そして、手元に置く許可を仰ぐ。

 後宮の主であるエルディックに言っておいた方が、イーノの行動範囲が広がる。後宮を許可なき者がうろつくのは難しいからだ。それに、形式的にでも許可を貰っておいた方がいい。側室の所有物は王の許可が必要となるのが慣例だからだ。テミスリートも一応側室の身分であるため、例外とは言えない。


「ふむ・・・」


 エルディックはまじまじとイーノを見た。イーノはイーノで、ギロリとエルディックを睨めつけている。


「・・・鳥がどこまで役に立ってくれるかは分からんが、お前が傍に置きたいなら許可しよう」

「ありがとうございます」


 とりあえず許可が下りたので、テミスリートは軽く頭を下げた。


「まあ、お前を一人にしておくよりは良いかもしれぬな」

「・・・イーノは賢いですから、何かあった時は対処してくれますよ。それに、私の体調も今は安定していますし、そうそう何かがあるということもないでしょうし」


 重病人扱いされては堪らない。テミスリートは苦笑いを浮かべた。


「倒れたときに知らせに来る程度には仕込んでおけよ」

「・・・・・・はい」


 あまり信用されていないらしい。テミスリートはこっそりとため息をついた。


「さ、お入りください」


 気を取り直し、テミスリートはエルディックを部屋へと招き入れた。机の上にはお茶の用意がされているが、まだポットにお湯は注がれていない。エルディックに座るように促し、傍らに置いた薬缶に触れたテミスリートは軽く目を瞬かせた。


「(冷たい?)」


 先程、エルディックが来る少し前に沸騰させたはずなのに、水のように冷たい。これでは紅茶が淹れられそうになかった。


「兄上、しばしお待ちいただけますか? 湯が冷めすぎてしまったようなので、沸かしなおしてきます」

「ああ、分かった」


 薬缶を手に取り、厨房へ向かおうとしたテミスリートの肩が急に軽くなる。ふと見ると、イーノが椅子の背に止まっていた。


「イーノ、ここで待ってる?」

「クェ」


 肯定を返されたので、テミスリートは軽くエルディックに断りを入れると、薬缶を持って厨房へと入っていった。

 後に残されたエルディックは、目の前でこちらをジロリと睨むイーノをぼんやりと眺めた。


「(・・・嫌われているのか?)」


 猛禽類という点を除いても、自分に向けられている目は明らかに険しい。攻撃してくる様子はないが、敵意を持った眼差しを向けられて気持ちの良いものではない。

 しかし、鳥に睨まれて目を逸らすというのも情けなくて出来かねる。居心地の悪さに、エルディックは眉を顰めた。


『・・・調子に乗ってんじゃねーぞ』

「!?」


 突然頭に声が響き、エルディックは身構えた。軽く周囲を見渡すが、部屋にいるのは自分と目の前の隼だけだ。


『あいつがあんたを気遣ってるから俺も多少は大目に見てやるけど、兄だからって何でも許されると思うな』

「・・・お前が喋っているのか?」

『そうだ。俺は魔物だからな。これくらい出来る』

「(魔物!?)」


 予想外のことを言われ、エルディックは腰の剣に手を当てた。その様子を見て、イーノはフンと鼻を鳴らす。


『無駄だよ。傷つけたきゃ魔術師でも呼んで来な。どっちにしろ、返り討ちにしてやるがな』

「・・・・・・何が目的だ?」

『目的? んなもんねーよ。ここには、あいつの側にいるのが楽しいからいるだけだ』

「なら、何故正体を明かす?」

『あんたに文句が言いたかっただけだ』

「は・・・?」


 むすっとした様子を隠さないイーノに、エルディックは目を瞬かせた。


『いつもこんな時間に来て、どれだけ迷惑か分かってんのか? あいつ、わざわざあんたを出迎えるのに早く寝て早く起きてんだぜ。しかも、来ない時だってあるだろ。あんだけ準備させて来んの待たせてんのに、連絡一つも寄越さないとか何様だ』

「(・・・そのように言われてもな)」


 テミスリートが後宮にいること、特に側室として存在していることはエルディックとテミスリート、ナディアだけの秘密だ。先触れを送ると他の者にばれてしまうため、連絡できるわけがない。それに、仕事を終わった時点で空は暗くなっている。その後ナディアの所に寄れば遅くなるのは仕方がないことなのだ。

 しかし、イーノにはエルディックの事情など知ったことではない。いつも夜遅くまで読書や手芸に付き合ってくれていたテミスリートが早く寝るようになってつまらない上、良い所で物音に起こされることが何日も続けばストレスも溜まるというものだ。それも、全てエルディックのせいである。

 テミスリートがエルディックの来訪を喜んでいることが思考や感情から読めるため、イーノも多少は妥協している。が、エルディックが来ない日に、ほんの少しだけだがテミスリートに寂しさが見えるため、それも苛立ちの一因だった。

 喜ばせるのはいいが、悲しませるのなら許さない。


『あんまり度が過ぎるようなら、来れないようにしてやるからな』


 本気で怒っているイーノの様子に、エルディックも流石に冷やりとした。人とコミュニケーションを取れる魔物は総じて力が強い。その気になれば、後宮だけでなく王宮すら吹き飛ばせるだろう。だからと言って、エルディックにも責任や矜持がある。引き下がるわけにはいかない。


「・・・お前こそ、テミスに危害を加えたら承知しない」

『少なくとも、今はその気はねーよ。あいつに飽きたら分からねーがな』

「喰らう気があるのか」

『あんたにゃ関係ないだろ』


 バチバチと互いの目線から火花が飛びそうな目で睨みつける一人と一匹の耳に、小さな足音が聞こえた。


「お待たせしました・・・?」


 ポコポコと湯気を出す薬缶を持って戻ってきたテミスリートは、エルディック達の様子に目を丸くした。


「・・・あ、兄上? イーノ?」


 忌々しそうにイーノを睨みつけるエルディックと、明らかに敵意を持ってエルディックを見据えているイーノに、どう対応してよいか分からず、テミスリートはおずおずと声をかけた。


「・・・テミス」

「はい?」

「さっきの発言は取り消しだ。これは追い出したほうが良い」

「えぇ!?」

「お前にとって害にしかならん」

「(何したのさ、イーノ!?)」


 驚いた表情のままイーノを振り向くと、イーノは再びテミスリートの肩に乗った。ガシッという音が聞こえて来そうなほどしっかりと肩に掴まる。


「テミスから離れろっ」

『やなこった。あんたこそ、さっさと出てけ。ここはこいつの部屋だ』

「魔物を野放しにしておけるか!」

「え、イーノ喋っちゃったの!?」


 テミスリートは目を見開いてイーノを見る。それを見て、エルディックは顔を顰める。


「知ってて置いていたのか、テミス」

「はい・・・ですが、イーノとは後宮では揉め事を起こさないと約束していますから、兄上の手を煩わせることはありません。魔物は嘘は言いませんから」

「お前、自分が魔物に狙われやすいと分かっているのか?」

「もちろんです」


 テミスリートに真っ直ぐに見つめられ、エルディックは言葉に詰まった。

 昔から、テミスリートはあまり自分の意思を外に出さないが、代わりに一度決めたことは最後まで変えない。家族が説得しようとしても、殆ど効果はなかった。それを痛いほどに理解しているエルディックは、イーノに目をやり、深くため息をついた。


「・・・テミスが良いと言うから置いてやる。但し、少しでも危害を加えるような素振りを見つけたら、問答無用で追い出すからな」

『言ってろ』

「・・・ありがとうございます」


 ほっとした表情でテミスリートはイーノを見る。その様子に、何故かエルディックは苛立ちを覚えた。


「・・・茶を、淹れてくれ」

「あ、はい」


 持っていた薬缶からポットに湯を注ぐテミスリートの肩からジト目を向けてくるイーノを、エルディックは軽く睨み返した。


「(いつか追い出してやる・・・!)」




 読んでくださり、ありがとうございました。

 ここで補足しておきますが、お湯を水にしたのはイーノです(笑)。

 エルディックとテミスリート抜きで話したかったので、わざと冷ましちゃったんですね。

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