好き嫌い
イーノとテミスリートの共同生活の小ネタです。
ある日のこと、テミスリートは、厨房で鼻歌交じりに夕食を準備していた。
そこに、イーノ(人型)がやってきた。
「今日の夕飯、何だ?」
「あ、イーノ。今日は暑いから、冷やしパスタにしようと思ってるんだ」
「パスタか・・・げ」
ちらりと材料を垣間見たイーノは、あるものを見つけ、顔を顰めた。
「それ、使うのか?」
「うん」
「・・・嫌だ」
思わず後ずさりするイーノに、テミスリートは苦笑した。イーノが避けたそれを手に取る。
つるりとした紅の球体。
夏には多くの食卓で上がる、生で良し、煮ても良しの緑黄色野菜。
トマト、である。
「美味しいのに・・・」
「酸っぱいのは嫌だ」
「そりゃあ、イーノが初めて食べたのは酸っぱかったけど・・・」
先日、エルディックが取れたてのトマトを持って来てくれたので、サラダにして食べたのだが、これがかなり酸っぱかった。
イーノにはかなりの衝撃だったらしい。それ以来、トマトを見るだけで拒否を示す。
特に、今日使用するトマトは、エルディックの持ってきたものの残りだ。
酸っぱいとしか思っていないのだろう。
「好き嫌いしてると、大きくなれないよ?」
「元々ならねーから、関係ない」
「トマトって、身体にも良いし、太らないんだよ?」
「・・・俺には、関係ないって言ってるだろ」
「んー・・・」
どうやら根は深いらしい。
「(もう大分熟れてるし、甘いと思うんだけどな)」
もらった時も赤かったトマトは、日を経て更に紅くなっている。果肉も柔らかくなり、気をつけて持たないと指で穴を開けてしまいそうだ。
そのまま食べれば、かなり甘いだろう。
しかし、イーノが素直に食べてくれるとは思えない。
「大体、俺に食事は必要ない」
「とか言って、毎回お替わりしてるくせに」
「う・・・と、とにかく、そこまでして喰いたくねぇ」
歯切れの悪い返事を返すイーノに笑いを噛み殺しながら、テミスリートはトマトをまな板に乗せた。
「今日の食後のデザートは、チーズケーキなんだけどな」
「!」
テミスリートの言葉に、イーノの目が輝いた。
イーノは菓子全般が好きだが、特にチーズケーキはちびちびと時間をかけて堪能する程好きなのだ。
「イーノがトマト食べてくれたら、二切れあげちゃおうかな」
いつもは、少し大きめにカットしてあげるとはいえ、一日一切れと決められている。
さすがに、イーノの心は躍った。
しかし、トマトの壁は高い。
スライスされていくトマトをげんなりと眺めつつ、どう答えようかと考えあぐねていたイーノに、テミスリートはやんわりと微笑む。
「イーノが要らないなら、私が食べちゃうよ?」
「う・・・く、喰えばいいんだろ!」
半ばやけくそで叫ぶイーノに、計画通りとテミスリートはほくそ笑んだ。
「はい、どうぞ」
目の前に置かれたトマトソースのパスタに、イーノは眉を顰めた。
パスタの中に見え隠れする紅い物体をフォークで突き、一向に手をつけようとしないイーノの正面に座ると、テミスリートは軽く祈りを捧げてから自分のパスタを食べ始めた。
「(うん、バッチリ)」
当初の予定とは異なるが、冷たく冷やしたトマトソースもなかなか美味しい。
嬉しそうにパスタを食べているテミスリートを見、イーノは再びパスタのトマトを突っついた。
「美味しいよ」
そう言われても、心の準備ができていない。
イーノはしばらくトマトを突いていたが、やがてフォークの先で少しだけ掬い、恐る恐る口に入れた。
「!」
「ね?」
目をぱちくりさせ、もう一度口に入れる。
「(酸っぱく・・・ない?)」
何日か前に食べたときは確かに酸っぱかった物体が、それほど酸っぱくなくなっている。試しに麺に絡めて食べてみると、爽やかな酸味と甘さが口の中に広がった。
少しは酸っぱいものの、全く気にならない。
「美味い・・・」
「でしょ?」
「なんで・・・酸っぱくないんだ?」
心底不思議そうに、それでいて食事の手を休めないイーノに、テミスリートは苦笑した。
「生で酸っぱくても、火を通すと少し酸味が弱まるんだよ。それに、日も経ってるからもうそこまで酸っぱくなかったし」
「すげー・・・」
本気で感動しているイーノの様子に、テミスリートはくすりと笑った。
「お替り、食べる?」
「もらう」
この後、トマトソースのパスタを食べたイーノは、約束どおりチーズケーキも二切れ腹に収め、それはそれはご満悦だったのだが、それは想像にお任せする。
その日以来、イーノはトマトを克服できたのだが、それはまた、別の話である。
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