繋愛
「……おとう、さま……?」
震える声が、静まり返った部屋に落ちた。
エリスの視線の先で、エドムンドの頬を伝う雫が光を帯びてきらめいた。
その光景はあまりに鮮烈で、エリスの胸を強く締めつけた。
「……あぁ……すまない」
低く、掠れるような声。
エドムンドはゆるやかに首を振り、己の頬に触れる。指先に濡れた雫が移るのを見て、ほんのわずかに眉を寄せた。
「驚かせてしまったな」
(……お父様が、泣いて……? 私を見て……)
エリスの思考は震えながらも、一つの答えにたどり着く。
(……お母様に、見えたの……?)
胸の奥で、喜びにも似た痛みが弾ける。けれど、エリスには深い影が落ちていた。
――もうこの世にいない母。
自分が奪ってしまった命。
「……お父様……」
エリスは唇を噛みしめ、俯いたまま、両の拳をきゅっと握りしめた。
唇が震え、押し殺すような声がこぼれる。
「……申し訳、ございません。わたくしは……エリスなのです……」
それは“父を失望させたくない”という恐れと、
“母を奪ったのは自分だ”という罪悪感の告白でもあった。
次の瞬間、エドムンドは迷いなく娘を抱きしめた。
「…っ…エリス…」
低く、しかし決して揺るがない声。
彼の手は娘の背を包み込み、震える肩を大きな温もりで覆う。
その温もりにエリスの喉が詰まり、呼吸が乱れる。
十数年もの間、彼女の胸に渦巻いていた澱が熱い涙となって堰を切った。
「……わたしの、せいで……っ」
「お母様が……わたしを産んだから……! だから……っ」
か細い叫びが、幼子のように父の胸を打つ。
エリスの想いは溢れ出して止まらなかった。
「ごめんなさいっ……ごめんなさい……っ、ごべんなさい……!」
言葉は掠れ、途切れながらも繰り返される。
それは自分の存在そのものを否定するような痛切な叫びだった。
「――違う!」
エドムンドの声が鋭く、しかし愛情を込めて響いた。
彼はエリスの顔を両手で支え、紅い濡れた瞳をまっすぐに見つめる。
「お前は……愛されて生まれてきた。決してあの人を奪ったわけではない。」
「…だから…その命を責めることは、マリアンヌの想いを否定することになる。」
エリスは父の胸に顔を埋めたまま、声にならない嗚咽を繰り返した。
エドムンドの腕の温度が、震える体の芯までゆっくりと届く。羽毛のように柔らかな息づかい、彼の服に混じる古い紙の匂い——それらが、いままで閉ざしていた心の扉を静かに揺らす。
「いいのだ……もういい。大丈夫だ……」
父の囁きは何度も繰り返され、繰り返されるたびに、堆く積もっていた罪の影が少しずつ薄れていくようだった。
(わたくしは、ここにいてもいいのね…)
指で涙を拭き、唇を噛む。嗚咽はまだ残るが、音は次第に弱くなっていく。エリスはゆっくりと顔を上げ、父の目を見る。エドムンドの瞳は、先ほどまでの驚きの色を残しつつも、今は静かな慈愛に満ちていた。
(お母様に、恥じないように)
エリスは小さく息を吸い込み、父の胸に再び寄り添った。言葉は少なくてよい。行いで示すのだと、胸の内でひっそり誓う。
(わたくしはなんとしてでも生きていかないといけない。この命を簡単に諦めてしまうことは何が起ころうとも赦されない…絶対に生き抜くのよ)
エリスは固く決心した。
皆様はじめまして。朧月と申します。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
ブクマ、評価ポイントがすごく励みになっております。気軽に感想やレビューもしていただけますと、皆様と一緒にエリスの人生を編んでいるようで、嬉しいです。
さてさて、ご挨拶はここまでとして本題に移らせていただこうと思います。
8エピソード目にしては大きく展開が進んでおらず、もやもやされる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
作者も早く次の展開をお見せしたいと思っている程です。
ご安心ください、10エピソード目くらいにはまた場面が切り替わる予定です。(予定です)
少し長い目で見ていただけるとありがたいです…。
できるだけ日々更新することを目標にしておりますので、これからも朧月、エリス共々見守っていただけますと幸いです。
それではまたお会いしましょう。
良い月夜をお過ごしください。