虚飾
手際よくテキパキと支度を整えるサラ。
彼女の若い姿を見るに、雇われてまだ一、二年ほどだろう、ぎこちなくも手際よくドレスと装飾品を見繕い、髪をくるくると巻いていく。
仕上げに頬に色を差し、唇に艶をのせる。
公爵令嬢であるエリスにとって、侍女に身支度を整えられるのは当たり前の日常だった。
だから今も、自然とその手に身を委ねていた。
「エリスお嬢様。お疲れ様でございました」
支度が整ったのかサラの声が耳に届く。
席を立ち、大きな姿見に向かい自身の姿を見る。
いつもなら、サラが見繕う好みの服装と髪型に満足げに自信たっぷりと微笑んでいたはずだった――。
「……なに…これ」
「っ!! も、申し訳ございませんっ!」
エリスの言葉にひどく取り乱すサラ。
サラの必死な謝罪も、今のエリスにはほとんど届いていなかった。
(これは……ひどいわね)
改めて鏡の中の自分を見て、エリスはため息をついた。
淡すぎる色合いのドレスは漆黒の髪と相性が悪く、華美な装飾は全体の調和を乱している。
きつく巻かれたツインテールはエリス本来の整った顔立ちを子供っぽく見せ、仕上げに濃い紅まで差されていた――。
その姿に重なるのは、幼い頃の記憶。
エリスには兄が2人と父がいる。
母はエリスを産んで間もなく病に倒れ、若くして帰らぬ人となった。
亡き妻に似ていたためか、父はことさらにエリスを溺愛し、どんな願いも叶えてくれた。
女親がいないエリスにとって、身近に「淑女の手本」となる存在はいなかった。
だからこそ、絵本の中のお姫様が唯一の理想像だった。
ファッションや自室の家具の一つ一つまで、彼女はその夢をなぞるように自分の好み通りに仕立ててもらっていた。
(…その結果がこれ、というわけね)
呆れて声も出ない。
当時のエリスは満足していた。
けれど今のエリスにとっては精神的な年齢のズレもあってか、今の装いがとてつもなく滑稽であることは一目瞭然だった。
今振り返れば、当時兄たちがエリスを見るたびに少し顔が引きつっていたように思う。
きっと、この装いのせいだったのだろう。
「エリスお嬢様……どんな罰でもお受けいたします……」
サラはがくりと膝をつき、震える声を搾り出した。
その怯えきった姿に、エリスはようやく我に返る。
この後の自身の処遇を思い描いているのか、その顔は恐怖に歪み、今にも涙がこぼれそうだった。
「……サラ?」
最初はなぜ彼女がそこまで謝罪するのか分からなかったが、やがて悟った。
――誤解させてしまったのね。
「違うのよ、サラ。貴女は――」
言葉が最後まで届く前に。
――コン、コン。
静かなノックが、部屋の空気を断ち切った。