逆行
「お嬢様……? ……失礼いたしますね」
小さなノックのあと、そっと扉が開いた。
顔を覗かせたのは侍女のサラ。
控えめにまとめられた淡い栗色の髪に、同じ色を映したような瞳。
その表情には、驚きと戸惑いが浮かんでいた。
「……あ……もう、お目覚めに……?」
サラは戸惑ったように目を瞬かせている。
(……どうしてそんな顔をしているのかしら)
不思議に思った瞬間、エリスはふと気づいた。
思い返せば、いつもの自分は布団にくるまり、起こされても不機嫌に言い返すばかりだった。
無理に起こそうとすれば甲高い声で叱りつけるのが常。
(わたくしが先に起きていたなんて、サラにとっては予想外だったのね)
納得すると同時に、サラの困惑が腑に落ちた。
「……お嬢様?」
怯えるように問いかけるその声音。
普段からビクビクしている侍女の態度は変わらないけれど――その顔立ちは、エリスの記憶よりもずっと幼く見えた。
(サラが……若い? よくわからないけれど、本当に時間が巻き戻ったのね…)
胸の奥に確信めいた感覚が広がっていく。
あの悪夢のような出来事があった日の頃。
エリスに常に従順に従い、すでに何かを諦めているような表情だった彼女。
「……サラ」
名を呼ばれただけで、サラはびくりと肩を揺らす。
その怯えように、エリスは思わず小さく息を吐いた。
(……これまで、わたくしはどれほど傲慢だったのかしら)
怯えさせて当然のように振る舞っていた自分を思い出し、胸の奥がじくりと痛む。
いつもビクビクしていたのは、この子が臆病だからではない。
わたくし自身が――そうさせていたのだ。
紅い瞳を伏せ、かすかに唇が震える。
「……ごめんなさいね」
エリスはそっと呟いた。
「えっ……?」
思わず漏れたサラの声に、エリスはすぐ顔を上げた。
先ほどまでの沈んだ空気を振り払うように、
にこりと微笑む。
「朝食に行く支度を手伝ってくださる?」
その柔らかな口調と微笑みに、サラは呆然と立ち尽くした。
しばらくの沈黙のあと。
「はっ……はい!」
弾むような声が部屋に響いた。