断罪
王城の大広間は、ざわめきに揺れていた。
煌めくシャンデリアの下、列をなす貴族たちの視線は冷たく、好奇の色さえ帯びている。
その中心に立たされるのは――エリス・フォン・リュミエール。
深い闇を思わせる髪は、無理に巻かれすぎたロールで形を崩し、
本来なら凛とした輝きを宿す瞳も、厚化粧に縁取られて陰りを帯びていた。
黒に近い濃色のドレスは、胸元や裾にフリルを過剰にあしらわれ、
華美さよりも“重苦しさ”を際立たせている。
それはまるで、彼女の本質を覆い隠す檻のようだった。
「エリス・フォン・リュミエール。
そなたの悪行の数々、もはや弁解の余地はない。
聖女を妬み、陥れようとする者を……婚約者として傍らに置くことはできぬ!」
第一王子セドリックの冷ややかな声が響きわたる。
陽光を思わせる金の髪、澄み渡る蒼の瞳。
誰もが憧れる“理想の王子”の姿のまま、彼は己の婚約者を断罪し、破棄を宣告した。
その瞬間、エリスの世界から音が消えた。
大理石の床が氷のように冷たく、足が吸い込まれるように沈んでいく。
喉は焼けつくほど乾き、声を出そうとしても息がつかえる。
頭の中は真っ白で、ただ胸を叩く心臓の音だけがやけに大きく響いていた。
(……婚約……破棄……? 殿下が……私に……?)
理解が追いつかない。
現実感は遠のき、視界さえも焦点を失ってぼやけていく。
「聖女様を妬み、陥れようとするとは!」
「なんと浅ましい……」
「リュミエール家も地に堕ちたものだ」
群衆の声は容赦なく降り注ぐ。
けれどエリスの耳には、もはや遠い水底のざわめきのようにしか届かなかった。
世界から一つずつ音が剥がれ落ち、残るのは己の呼吸と心音だけ――。
そんな中でも、人々の視線はセドリックの隣に立つ“聖女”へと注がれていた。
白金の髪に純白の衣。
震える肩を寄せ、潤んだ瞳を伏せるその姿は、か弱き少女そのもの。
涙に濡れた睫毛が零れ落ちそうに揺れるたび、
「なんとおいたわしい……」「聖女様を守らねば」
――会場の空気はさらに傾いていく。
(……殿下……なぜ……?)
ぼやける視界の中で、ふと目が合った。
その瞬間――。
フィオナの白金の瞳が、涙に濡れながら変じていく。
血に塗れたようなどす黒い赤。
慈悲深き“聖女”のはずの彼女が、周囲には見えぬ角度で――。
――にやり、と。
(……っ!?)
心臓が跳ね上がった。
けれど周囲は誰ひとり気づかず、
ただ“聖女”の涙に共感し、憐れみの視線を注ぎ続けていた。
――この地獄を見ているのは、自分だけ。
「連れて行け!」
騎士たちの手に両腕を掴まれ、引きずられる。
貴族たちの嘲りと哀れみの声はもう遠い。
エリスの視界に焼き付いたのは――“聖女”の微笑と、血に染まった瞳。
そして――。
闇が、彼女を呑み込んだ。
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