(世界の色々編)聖将軍揺れる
木々に包まれた静かな空間、背を向けて佇んでいる人影があった。とても優しいはずの場所なのに…………。
なんで? 怖い――怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
人影が動く。ゆっくりと振り返る。ゆっくり、とてもゆっくりと、それでも確実に。
嫌だ――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
完全に振り返った人影から放たれたその声は…………
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「はぁはぁ……」
周りが見えないことに一瞬驚き、すぐに夜だからかと気がついた。
目が慣れてきて、周りのものが見えるようになる。
窓からは月光が入り込み、部屋が青白く見えた。
――夢か。
嫌な夢、最近はそんな夢ばかりだ。
汗で気持ち悪く湿っているシャツを脱ぎ、部屋の引き出しからタオルを一枚取り出して体を拭いた。
軋んだ音を立ててドアが開かれる。
こんな時間に誰だろうと思いながら、一応攻撃に備えて戦闘体勢にはいる。
と言っても魔法が発動できるように魔力に集中するだけだから、傍目には分からないだろうけど。
「なんか、大声が聞こえたような気がするんだけど。大丈夫か?」
ドアから、頭だけをヒョコリと出していたのはセイヤくんだった。
寝起きのだからなのか、見事なアホ毛が出来上がっていて、頭が動くたびにそれが動くさまに笑いが漏れる。
「なんだよ、人が心配してきたって言うのに」
「ごめんごめん、ちょっと、壺に嵌っちゃって。……何でもないよ、心配させてごめんね」
「そうか?」
「うん」
会話が終わって、もう帰るかなと思ったのだがなかなかその様子が見られない。
どうしたのだろうと今度はこちらから話しかける。
「どうしたの? 一人で寝るのが怖い?」
「そんな訳ないだろ!」
少しふざけた調子で聞いてみると、案の定、声を荒げて否定した。
「じゃあ、どうしたの?」
「うーん、いやな。セシルってさ本当に男なんだよなって再認識してただけ」
「そっか、そう言えば前も同じようなこと言ってたよね。確かに男らしくは無いと思うけど、女の子に見える程中性的かな?」
「まあな、女物の服着たら女の子だと思うよ」
「それなら、今度試してみようか?」
「何でそうなるんだよ」
「何でだろ? 自分でも分かんないや。それじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
今度こそ扉は閉まり、部屋に静寂が戻った。
体をタオルで拭き終え、新しいシャツを身に着ける。
窓に身を寄せ勢いよく開く。外の冷えた風がもやもやした気持ちを飛ばした。
妙な夢を見てしまったせいで、とても眠る気分になれない。
冷たい空気に頬を優しくなでられながら、青白く輝いている光を見つめた。
「あなたは……今どこで何をしているのかな………」
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次の日の昼。リオくんとセイヤくんと僕は、回復した魔王さんと一緒にリリアちゃんを見送っていた。
ボロ布のような服をまとっていたリリアちゃんだが、今は清潔で動きやすそうな服を着ている。
リリアちゃんは、まだ一緒に居たいらしいのだけど。
今は竜の群れのリーダー。そういう訳にはいかないとの事だ。
そのリリアちゃんは、魔王さん達と楽しそうに会話をしていた。
なんだか、温かすぎて下手にからかえないなと一人少し離れたところからその様子を眺める。
何か面白いことがあったらしく、リリアちゃんが体を大きく震わせながら笑っていた。
体が震えると、一緒に長い髪もさらりさらりと大きく波立つ。不意に何か違和感を感じた。
髪が揺れると少しだけ見えるうなじ、そこに何か印のようなものが見えた。
操られていたときに仕込まれたものだろうか。もう平気そうだしあまり問題は感じられないが、放っておくのも何か抵抗を感じる。
危険な芽は早いうちに摘むべきだよねと思い、会話の間に強引に割り込んだ。
「リリアちゃん、ちょっとじっとしててね?」
「あっ、はい」
戸惑っていた様子だったが、言った通りに動きを止めた。
髪を手でそっと寄せ、うなじを覗く。
――やはり印が濃く刻まれいる。
印を取り除くために軽くそれに触れた。
『クライマックスは近い』
「えっ?」
反射のように素早く手を引いた、髪がさらりと元の位置に戻る。
印が消える寸前に頭に響いた言葉。魔力。
それについて考えが頭の中を反響する。
さっきの言葉の意味って一体……それにあの魔力は。
「おーい、セシル。なに放心してんだ? らしくないぞ」
声をかけられ、ハッと我に返る。
同様を悟られないように、いつもの表情を無理やり作り出す。
「らしくないぞって何、セイヤくん? 僕は何をしても、僕だよ。それとも――」
「悪い、いつものセシルだった」
セイヤくんが、さっと目をあさっての方向へと向ける。
このまま、話を続けたらこちらのペースに呑まれることを悟ったのだろう。
いつもなら残念と思うが、今は逆にありがたく思える。
セイヤくんの気がそれているうちに動揺の元を自分の最も深いところへと落とす。
「えっと。それじゃあ、そろそろ行くね」
僕達の会話が終わるとリリアちゃんがそう告げた。
キリがいいと思ったのだろう。
リリアちゃんが後ろでのんびりと待っている、ドラゴンの背へと跨った。
「リリア!」
そのまま、飛び立とうとしたリリアちゃんをセイヤくんの声が引きとめた。
「なにかあったの?」
「俺さ、この前ドラゴン殺したんだ。だからさ、謝っておかないと思って。ごめん。これぐらいですむことじゃないけどさ。言っておかないとと思って」
そういうセイヤくんの顔は苦しげだ。
言って苦しくなるなら、僕は言わないけど。まぁ、セイヤくんらしいかな?
「気にすることじゃないかな? 理由があってそうしたんだろうし。身を引かなかったそのドラゴンも悪いよ。今度からは、考えて行動したらいいんじゃないかな?」
やっぱり、魔王さんの妹ってだけはあるかな。内容は重いのにしゃべる口調は、とても淡白だ。
「ありがとう」
「どういたしまして――お兄様、なにかあったら呼んでくださいね。すぐに行きますから」
最後にそう言って、リリアちゃんたちは飛び去った。
リリアちゃんって割りと重度なブラコンかもね……。
この編は、色んな所に視点が飛ぶと思われます。
読者の皆様が混乱しないようにがんばります。