(ヘルメイア編)荒れた町で……
その町は、人の気配が全く無く、そして、ほの暗い霧に包まれていて不気味な雰囲気を醸し出していた。
民家の屋根は崩れ、無残な爪あとが蜘蛛の巣のように残されている。
城に帰ると慌てた様子で魔王様城のものが町が襲撃されましたと言われたときは何かと思ったが、これを見てなぜ慌てていたか分かった。
ヘルメイアに住んでいる者はみな戦闘能力が高い者たちばかりなのにこの荒れようはただ事じゃない。
それなら、原因を突き止めるのが自分の仕事か……
止まっていた足を再び進める。
時折爪あとを指でなぞりながら町全体の様子を確認していく。
町を一周し終えて、いくつか分かったことがある。
どうやら町を襲撃したのはドラゴンらしい、比較的強力な種のドラゴンだ。
それによってこの町がなぜここまで荒れてしまったかの謎は解けた、いくら戦闘能力が高いからといってドラゴンが相手では、どうにもならないだろう。
城に待機している軍レベルだったら、もう少し違ったかもしれないが。
しかし、新たな謎が生まれた。
ドラゴンは基本的に人には関わらない。
それなのになぜ、ドラゴンが人に関わったのか、なぜ人を襲ったのか。
「……まだ、残っていたか」
考えを中断し、目の前に突如現れたドラゴンへと視線を動かした。
数は五、まともに相手をするのはあまりいい考えではなさそうだな。まだ他にも幾つか気配を感じる。
そう判断を下し、五体のドラゴンを空間ごと隔離する。
虚無の箱庭、最高位の無属性魔法の一つ、空間を隔離して名前の通り箱庭を作り上げる。相手を束縛するのにも使えるし、応用で身を守ることも可能な便利な魔法だ。
使うのは久しぶりだな。
ドラゴンが動き出す気配が無いのを確認して、奥に感じる気配へと向かう。
途中で新たにドラゴンが現れて襲い掛かってきたがそれも箱庭の中へと閉じ込める。
「誰だ?」
霧の中にふっと人の形をしたシルエットが浮かぶ。
まだ、ここに残っていた人が居るのか?
不審に思い、すぐにでも魔法を発動できるように警戒しながら一歩づつ近づく。
その姿がはっきりとしてくるにしたがって、疑念が浮かんできた。
はっきりとその姿が見えたところで足を一旦止めた。
目の前には、少女が居た、柔らかい体を薄いボロ布で包み込んでいる。
おかしい、目の前の少女はなぜドラゴンに襲われていない?
何らかの魔法で操っているようでもないし、そもそも、魔力がそこまで大きいわけでなさそうなのでそんな魔法は扱えないだろう。
なにか特殊な武器を持っているわけでもなさそうだ。
「お前は、何者だ?」
「…………なの」
「なに?」
声が小さくもごもごと喋っていて何を言っているのか全く分からない。
もう一度問いかけようとすると、バッと少女が顔を上げてハッキリと言葉を響かせた。
「あなたが勇者なの?」
勇者、その言葉が頭に染みるよりも先に漠然とした殺気を少女から感じ、すぐさま箱庭に閉じ込める。
「あなたが勇者なの?」
箱庭に閉じ込められても少女はその言葉を繰り返し、不意に腕を振り上げると何かが割れる音がした。
それが箱庭が崩れる音だと気づいたときには異形の腕が体を打った。
「くっ!!」
面白いぐらいに軽く自分の体が飛ばされ壁にぶつけられる。
口から血塊が零れるの拭う。再び異形の手が襲い掛かってくるのを感じて足元に衝撃波を放ちその攻撃をかわす。
土ぼこりが舞い、ゆっくりと少女が現れた、その腕は異形のものに変わっている。
断定は出来ないが、あの腕で箱庭を破壊したということだろう、……厄介だな。
ゆっくりと異形の腕が振るわれる、同時に地面が陥没したのを見て、衝撃波を放つ。
お互いの攻撃が相殺されて消えうせる。
先ほど、衝撃波は割りと本気で撃ったのだが相殺されたか。
それも、軽く振るわれた拳圧に。
「あなたが勇者なの?」
腕を振ったままの状態でまた少女がその言葉を口にする。
明らかに様子がおかしい、言葉に全く感情を感じないのはともかく、瞳からは生気を感じない。
それに加えて、殺気こそ感じるものの何に向けているのかも分からない、漠然としている。
目を細めて相手を分析しようと試みると異形の腕が動くのが見えたので、相手が攻撃を繰り出すよりも先に無数の剣を差し向ける。
剣は少女を飲み込み霧散していく。
手応えは感じた。常識的に考えて受けたら無事ではすまない攻撃だ。
しかし、剣のすべて消えてその場所には無傷の少女が立っていた。
唯一の変化といえばボロ布の服が破けている程度の違いだ。
再び、少女が腕を動かすとその姿がぼやけた。
気がつくといつの間にか目の前に現れ、異形の腕を振るう。
この距離では避けられない……。
肉が潰れる鈍い音が不気味な町に響きわたった。
今回についてはノーコメントです……