クックロビン
全員の顔が蒼白だった。僕だけがみんなの顔を見ている。だが、みんなはただ氷でできた彫像みたいに柔らかさを失って床の死体を見ていた。
「俺……俺じゃないからな」
「何言ってんだ!」
「そうだ、この場にいてそんなことよく言えるな!」
「誰のせいとかじゃないだろ!」
「だって……だって、俺が殺したなんてなったら、母さんがなんて言われるか……」
泰樹は母子家庭だ。いわゆる女手一つで息子をここまで育てたわけだが、町のスナックで働く彼女に子育ての失敗を指摘する声は容易に想像できた。
「だったら、うちは両親ともに罵倒されるんだろうな」
凌太朗はもらい子だった。施設で5歳まで過ごし、その後養子縁組で今の両親と出会った。本人の記憶は曖昧だが、どうやら相当な虐待を幼少期にされていたようで、親しく付き合っていても急に人との繋がりを確かめるように怒ってみたり怯えてみたりすることがある。どうにもコントロールできないそれを凌太朗自身、中学生になって自覚してきて自分をモンスターだと感じると言っていた。
「うちなんて犯罪のサラブレッドとか言われんだろうな」
祥の父親は今刑務所にいる。勤めていた会社の上司を刺し殺したということで、当時はずいぶん話題になった。僕が見たワイドショーでは刺された上司の偏執なまでの怒り方などをとりあげていたが、すぐに大物芸能人の不倫の話題に変わり、今では祥はただ「犯罪者の息子」としてだけ認識されていた。
「俺は簡単だ。障碍者だからな。話題にはしづらいだろうけど」
慎次は自嘲して言った。少し舌っ足らずなのも、赤ちゃんの時に階段から落ちて頭をぶつけたからだという。少しわがままが目立つ性格も障害のせいだと主張するところは気に入らないが、自分の不得意を笑い飛ばす陽気さがクラスでは人気だ。
キャンプの班が一緒だった時に、彼が階段から落ちた原因が祖母にあり、それ以来母親と祖母のいわゆる嫁姑間がかなりこじれていて、自分が暗くなっていてはさらに状況が悪化するという思いからとにかく明るくしていると吐露されたことがある。
「俺んとこは……ちょっと一筋縄じゃいかないぞ」
真面目に言ったはずなのにどこか滑稽な聡介のその言いぐさに、死体を前にしてみんなが顔を見合わせた。
「お前の家って何かあったか?」
「あ、あれか。エリート一家から犯罪者がってことか」
「小金持ちの家が転落する様子なんて、格好の餌食だからな」
勝手に合点がいったように凌太朗と祥が頷き合った。
「いや……俺、実は不妊治療で生まれたんだ」
「そういや聡介の親父とお袋ってちょっと年いってるもんな」
ちょっと、どころじゃない。僕は聡介と小学校が一緒だったから、彼の両親がすでに六十代であるという話を親の噂話から聞いていた。なんでも五十手前で授かったらしい。美容ビジネスで成功している聡介の両親は、いつも小ぎれいでずいぶんわっかりと見えたが、親子参加の運動会競技であのデブ親子森下と並ぶ最下位だったのが印象深い。
「年とってから無理やり望んだ子供だぜ。それが他人の命を奪ってちゃあ科学ってなんだって話にまでいくだろ?」
僕は沈黙が訪れたその場所で話せない自分に苛立った。
僕も不妊治療で生まれた子供だ。しかも卵子も精子も両親のものじゃない。卵子に問題があり悩んでいた母と無精子病である父に病院が卵子と精子の提供のプランを示したのだ。精子も卵子も何者のものなのかはわからない。健康診断を受けた奇特な若い提供者の情報はすべて秘匿されている。出会うはずのない男女が遺伝子だけで試験管内でくっつけられて、僕はまさに科学が生み出した存在なのだ。
両親の子供が欲しいという欲望の権化と言っていい自分が死んでしまったのは、世界が異分子を排除したに過ぎないのではないだろうか。
2階の高さからジャンプする遊びで誰かが死ぬなんて誰も思いもしない。僕は自分で飛び降りたのだ。誰も僕を突き落としたりしていない。この遊びを思いついたのも誰とは言えない。僕に死を与えたのは偶然なんだ。僕が産み落とされたのと同じように。
ごめんな。みんなの人生を僕の偶然がさらってしまった。