それぞれのお買い物 4
「ふぅっ……無事にハンモックも買えたし、そろそろみんなの集合場所に向かおうか、千香」
「そうッスね、碧っち。皆きっと待ってるッスよ」
僕は無事にハンモックを購入することができた。清算レジの台に置かれた、僕の背と同じくらいの大きさの箱に手を伸ばすが、隣に立っていた千香の手が、僕より先にその箱の持ち手を掴み、僕の代わりに持ってくれる。
「碧っちは背中にハーピィーの卵を背負ってるッスよね? だから、ここは私が持つッス。それにしても、このハンモックの箱、大きくて重いッスね。私が付いて来て正解だったッス」
そう言って、千香は両手で重そうにハンモックの箱を持ち上げた。その姿に申し訳なく思った僕は千香に謝る。
「……ごめんね、千香。どうしても自立式で頑丈なフレームのハンモックが欲しくって……」
千香は僕の言葉に、優しく微笑んで返事をした。
「何言ってるッスか、碧っち。私たちはもう運命共同体じゃないッスか。困っている時は私たちに頼って欲しいッス。それに、集合場所まで歩くだけなら、身体強化のいい練習になるッスよ、ほら!」
そう言いながら、千香はさっきまで両手でやっと持ち上げていたハンモックの箱を、片手で軽々と持ち上げた。その姿は、自分の身体強化の成果を誇らしげにアピールしているように見えた。
最近の冒険科の授業では、身体強化を持続させる訓練に特に力を入れている。千香は魔力操作が苦手で、最初は三分しか身体強化を維持できなかったが、今では二十分も持続できるようになっていた。
「ありがとう、千香。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「任せるッス」
僕は千香の優しさに感謝しつつ、その申し出を受け入れた。そんな時、千香がふと顔を赤らめ、何かを思い出したように言った。
「……碧っち、集合場所まで、手を繋いで行きたいッス!」
僕は少し驚きつつも、千香の手を握り返す。そして、二人でゆっくりと歩き出した。だけど、僕が次に言った言葉で千香の動きが止まる。
「いいよ。でも、今日はずっと千香と二人きりだったから買い物デートしてるみたいだったね」
その瞬間、千香の顔がさらに赤くなり、驚きのあまり持っていたハンモックの箱を床に落としてしまった。箱の中の金属フレームがぶつかり、鈍い音が辺りに響いた。
「……ハッ!? 今まで気づかなかったッスけど、よくよく考えたら碧っちと二人きりで買い物デートだったッス! はぁ~、もっと早く気づいていれば……。でも、楽しかったから良しとするッス!」
「……うん、気がついて良かったね、千香。でも、ちょっと周りを見てみようか」
僕たちは、千香がハンモックの箱を落とした音で周りの買い物客の視線を集めてしまっていた。
「え? 周りをッスか。……あ!ご迷惑をお掛けして申し訳ないッス!」
「申し訳ありません」
僕たちは周囲に頭を下げて謝罪したが、近くにいたおばちゃんの集団にからかわれてしまった。
「いいのよ、気にしないで。それより、そのお嬢ちゃん、かわいい彼氏がいて羨ましいわ~。頭が剥げてる旦那と取り換えたいくらいだわ」
「そうよ、そうよ。私も家のバカ息子を追い出して、あなたを息子にしたいくらい」
その後もおばちゃんたちのマシンガントークが続き、僕たちは二人の馴れ初めを根掘り葉掘り聞かれた。やっと解放された頃には、精神的に疲れ切っていた僕たちは、やっとの思いで集合場所にたどり着いた。
「もう、遅いよ二人とも……って、どうしたの?」
「ちょっと、買い物に行っただけなのに、どうしてそんなに疲れてるの?」
空ちゃんと雛が僕たちに気づき、心配そうに声をかけてきた。僕は疲れた顔で笑いながら答えた。
「……あはは、ちょっと、色々あってね」
「訳は聞かないで欲しいッス。……凛、この荷物、入れて欲しいッス」
「分かったの~」
千香は僕が購入したハンモックの箱を凛に渡し、凛はアイテムボックスになっているリュックにそれを収納した。
一方、ルト、イクス、翼ちゃんの三人は少し離れたところで話に夢中になっていた。
「僕、早く家に帰ってこのボードゲームで遊びたいな!」
「おすすめって、紙に書いてあったし皆でやればきっと楽しいよ。でも、翼は買ったお菓子の味の方が気になるよ」
「もう、二人ともお菓子もボードゲームも晩御飯を食べた後だよ」
ボードゲームの箱を見てワクワクしているイクスと、お菓子の味が気になる翼ちゃんに、ルトが注意を促している。
「も、勿論僕は分かっていたよ。ね、翼ちゃん」
「そ、そうだよ、ルトちゃん。お兄ちゃんが作ったご飯が最優先だよ。買ったお菓子も少しずつ食べていくよ」
「うん、分かっているならよし」
三人は僕たちに気づくことなく、さらに別の話題で盛り上がっている。
「アニキ! あたし、皆さんに晩御飯に誘われたんですけど、あたしも晩御飯をご一緒してもいいですか?」
空ちゃんたちに晩御飯に誘われ、目を輝かせて僕に聞いてくる結奈に、僕は疲れた顔で返事をした。
「……うん。勿論いいんだけど、家に着いたら少し休ませて……」
「……私も休みたいッス」
そうして、買い物を終えた僕と千香は家に辿り着き、居間にあるソファーに二人で一緒に座った。同じタイミングで深いため息を吐き、お互いに体を預け合って、晩御飯を準備するまでの少しの間だけ眠ることにした。
その僅かな時間の中で、僕だけに聞こえるように千香は小さく呟いた。
「碧っち……今日は、ありがとうッス。楽しかったッスよ……」
「……僕も、千香と買い物が出来て嬉しかったよ」
そう言いながら、僕は千香の手を握り、目を閉じた。二人の間には、言葉では言い表せないほどの安心感と暖かさが広がっていた。