ハーピィーの卵とお昼休みの出来事
魔物の待機所の広場でハーピィーのブルーちゃんに寄生していた吸血毒ダニを取り除き、助けたお礼としてハーピィーの卵を譲り受けた僕は、卵を温めるためにカンガルーのように腹部に大きなポケットのあるエプロンを自作してポケットに卵を入れ、エプロンを身に着け常に一定量の魔力を卵に与えながら授業を受けるようになっていた。
卵を抱えながら授業を受けるのは普通の学校なら問題になるが、この冒険者学校なら申請すれば持ち込みながら授業を受けることができる。魔物の卵に一定時間魔力を送ることを止めてしまうと、卵が死んでしまうためだ。
卵を譲り受けてから四日経った頃、初めは小さい鶏の卵の大きさしかなかったが、今ではボウリングの球と同じサイズまで成長し、授業を受ける時に椅子に座って卵を太ももに置いて支えている時に、少し卵の重さで太ももが痺れてくるようになった。徐々に卵が成長していく姿に僕は嬉しくて仕方なかった。
(まだ、卵を譲り受けてから少ししか経過していないのに、もうこんなに大きくなるなんて、一体どんな子が生まれてくるんだろう、楽しみ)
僕はいつの間にか座学の授業の時では、無意識で卵を撫でるようになり、黒板に書かれている内容をノートに記入する時以外は常に卵を撫でている。まだ四日しか経過していないが、すっかり溺愛して卵を撫でている様子の僕をクラスメイトたちは微笑ましい様子で見ている。まるで下の弟か妹を見るような眼だ。空ちゃん以外は同じ年齢なのに納得いかない。
授業の間の休みに僕はクラスメイトたちにその視線を止めるように言うが、
「だって、背の低い灰城君が一生懸命に卵のお世話をしてる様子を見ると、……なんかキュンとしちゃうよ」
「わかる~、私も灰城君が授業中の合間にチラッと卵を見て微笑んでいる姿を見ちゃうと、心にグッときちゃうよね~」
「女子たちの言うことも分かるぞ。俺も、灰城が男だと分かっていても、授業中に卵を撫でている時にチラッと見せる笑顔に、男の俺もドキッとさせられちまった」
などと和気あいあいと僕についての話題が止まらず、これ以上話しても無駄だと悟った僕は、諦めて空ちゃんたちが集まっている自分の席に戻っていく。
※
昼休みになり、僕と空ちゃんたちはお互いの机を合わせて合わせた机の中心には大きな重箱が四つ並び、ギューギューに詰め込んだ色とりどりのおかずの弁当を和気あいあいとみんなで食べることが当たり前になっている。そして、今日からご相伴に預かろうとやってきた教師が一人、蓮華先生だ。
「いや~……はぐっ……梢から碧君の料理は絶品だと聞いてたけど……んぐっ、ここまで美味しいとは、もう箸が止まらないよ」
蓮華先生は唐揚げを食べながら感動した様子で僕に話す。
「喜んで貰えるのは嬉しいんですけど、食べながら話すのをやめてください。行儀悪いですよ」
蓮華先生が忘れ物を取りに教室に戻った時、蓮華先生が僕の作った弁当を食べながら楽しそうに話す僕たちの様子に仲間外れにされたとショックを受けたらしく、蓮華先生はその場で蹲り、床に指でのの字を描くように指先を動かして本気で落ち込んでいたので、可哀そうに思った僕たちは、蓮華先生を誘うことにしたのだ。
「でも、蓮華先生、教師は学食タダじゃないですか。僕たちからすれば正直に言って、蓮華先生の方が羨ましいですよ」
なんと教師は学食がタダで食べることができ、他にも冒険科の授業で使用するためならば、どんな高価な物でも後で申請すればその分の金額が返ってくるのだ。
「実際学食がタダになるのはいいんだけどよ、お前たち生徒たちが周りで見てる手前、そんなにガツガツ食べることは気まずくてできるかよ。それに顔の知らない学食のおばちゃんが作った料理より碧君の作った愛情がたっぷりの料理の方がいい、……ふぅ、ごちそうさん、いや~、食った、食った」
そう言って蓮華先生は最後の唐揚げを食べて満足そうに腹を撫で、机に置いてある缶コーヒーを飲み始めると、僕の隣に座っていた空ちゃんが蓮華先生にイタズラしようと思いついたのか、一瞬ニヤリと笑い、邪悪な笑みを浮かべた。すると、空ちゃんは凛にお願いしてアイテムボックスのリュックから大きなブランケットを取り出してもらい、僕の太ももの上に乗せて支えている卵が見えなくなるように上からブランケットを被せて隠し、空ちゃんは満足そうにコーヒーを飲んでいる蓮華先生に声を掛ける。
「蓮華先生~、碧お兄ちゃんを見てください」
「ん~、何だ~?」
満腹になり食後のコーヒーを飲んでリラックスして、油断して気の抜けた返事をしている蓮華先生に空ちゃんは渾身のジョークを放つ。
「蓮華先生のせいで碧お兄ちゃんが妊娠しちゃったじゃない。どう責任を取ってくれるの?」
空ちゃんの渾身のジョークに油断してコーヒーを吹き出した蓮華先生は、むせかえりながら空ちゃんを咎める。
「ブーーーッ!? げほっ、げほっ、おいこら最上!! 何てこと言うんだ吹いちまっただろうが。ああー、ごめんよ碧君」
突然コーヒーを吹き出した蓮華先生の顔の正面にいた僕は、当然のことで避けることもできず、全身に蓮華先生の毒霧を浴びてびしょびしょになる。
「うへ~、びしょびしょ……。大丈夫ですよ、蓮華先生。浄化のスキルで綺麗にできるから。ほら、この通り」
蓮華先生の毒霧をもろに全身に浴びた僕は、浄化のスキルを使い汚れた全身を綺麗にして、他の汚れた場所もすぐに綺麗にしていく中で、雛が空ちゃんの頭上に拳骨を落として叱る。
「もう、空ちゃん、駄目じゃないのイタズラしちゃ」
「痛てて……ごめんなさい。ちょっとした思い付きで、ごめんなさい」
「本当に勘弁してくれよ。一瞬思考が止まったわ」
顔に冷や汗をかいて椅子の背に体を預け、ぐったりとしている蓮華先生に、千香と凛も頷いている。
「私も一瞬思考が止まったっす、違和感が全くなかったっす」
「今のブランケットを掛けてお腹が膨らんでように見える碧君の姿を見れば、冗談に聞こえなかったの~」
そんな、空ちゃんのちょっとしたイタズラもあった昼休みはこうして幕を閉じるのだった。