緊張の入学式 6
『は~い、もしもし蓮華。どうだった、学校は、もう入学式の方は終わったんでしょ』
床に置いた携帯から梢さんの陽気な声が聞こえてくる。
「もう、入学式は終わったよって、そうじゃねーよ。梢、私をよくも騙したな。確かに私好みの合法ショタはいたがテメーの彼氏じゃねーか」
僕たちが見ているにもかかわらず、蓮華先生は携帯に向かって嫌味な口調で叫ぶ。
『ああ、碧君とは会ったんだね。可愛い子でしょ。あんたが日頃から言っていた好みの理想像そのまんまだもんね。これから仲良くなっていけばいいさ。まだ学園生活が始まったばっかりだから少しずつ距離を埋めていけば、可能性は十分あると思うよ。そのためにあんたを碧君のいる学校に推薦を出してあげたんだから』
蓮華先生を応援している梢さんの声に、蓮華先生は気まずそうに周囲にいる僕たちの顔を伺いながら答える。
「いや~、それがその~、理性が抑えられなくて……つい」
『あんたまさか、初日で問題を起こしたんじゃないでしょうね。……碧君に何したのよ』
梢さんは声のトーンを低く落とし、電話越しからも伝わってくる迫力のある声に、額から冷や汗をかいて答えるのを渋っている蓮華先生の代わりに、凛が答える。
「出会った瞬間に碧君に『ふひひ、可愛い私好みの合法ショタっ子だ。梢ありがとう!疑って悪かった。これ、私の~』って言って無理やりキスをして碧君を気絶させたの」
「ちょ、ちょっと待って」
バタバタと慌てて動揺する蓮華先生を追い詰めるように、雛と千香が梢さんに聞こえるように凛に続くように話す。
「それに聞いてくださいよ、梢さん。碧君は新入生代表挨拶の始まる寸前まで白目向いて気絶してたんですから、もし碧君が起きなかったら入学式がめちゃくちゃでしたよ」
「そうっす、碧っちが目覚めるまで私たちは入学式がめちゃくちゃになるんじゃないかって、ひやひやしっぱなしっすよ」
蓮華先生の携帯から電話越しに梢さんの深いため息が聞こえ、呆れた声で話してくる。
『ふぅ~~…………。蓮華、あんたバカなの。せっかく碧君との出会いの場を設けてあげたのに、出会った初日でする事じゃないでしょうに』
「返す言葉もございません。でも私にも言い分があるんだぜ。梢が『ごめ~ん、蓮華、理想の彼氏ができたわ。蓮華も頑張ってね』って私を煽るから焦っちまったんだろうが」
蓮華先生が話している梢さんの言葉を聞きながら僕は思う。
(梢さんは一緒に悩んでた蓮華先生に対して、バカにした口調で喋らないと思うんだけどな)
『え、あたし、あんたにそんなこと言ってないわよ。……確か『碧君っていう、あんた好みの理想の子がいるから蓮華も頑張ってね』って言ったはずだけど。そういえばあんた、普段飲まないくせに慣れないお酒を飲んでベロベロに酔っぱらって泣き上戸だったし、間違って解釈したんじゃないの?っと、ごめん時間だわ、近いうちにまたかけ直すわ、じゃあね』
梢さんはそう言って電話を切り、教室は静かになりしばらくの沈黙が続き、蓮華先生は自分が梢さんの応援の言葉を間違って記憶していたことに戸惑い、周囲にいる僕たちを見渡して頬を引きつりながら喋る。
「……へっ、へへっ。じゃあ、全ては私の勘違い……」
「そうじゃのう、夏美。どうしようかの」
「そうですね、どうしましょうか。蓮華先生はとりあえず給料3か月分を3割カットで、それと始末書を書いていただき、それから……」
佳代子おばあちゃんと夏美さんが蓮華先生の処罰を考えている傍で、先程まで僕は蓮華先生を許そうとしていたが、梢さんからの電話を聞いた後では流石にちょっとイラっとして、蓮華先生に罰を与えたほうがいいと思えてきた。
僕の顔の表情は少し眉間にしわが寄り額に手を添えて、蓮華先生にどんな罰を与えたほうがいいか考えていると、空ちゃんたちは僕の近くに集まり、僕を窘める。
「まぁ、まぁ、碧お兄ちゃん。あの人、一応先生だからここは許してあげよう」
「そうよ、碧君。あなたにそんな表情は似合わないわよ。ほら、笑顔、ね」
雛は僕の顔に手を添えて無理やり笑顔の表情を作らせる。
「そうっす、碧っち。罰を与えるなら、ここにスペシャリストがいるじゃないっすか。凛先生!出番です!」
千香は凛にお辞儀をしながら呼びかけると、凛は自信満々に答える。
「了解なの。蓮華先生には、優しくて罰を与えるのが難しい碧君の代わりに、私がたっぷりと地獄のお仕置きを味わってもらうの」
「……え、冗談だよな。仮にもこれからお前たちの担任になる先生だぞ。でも、私がやっちまったのも事実だし、潔く罰は受けるぜ。でも、私は高レベルの冒険者で、まだ低レベルのお前たちの物理攻撃なんて効かないだろうがな」
僕たちの話を聞いた蓮華先生は、潔く自分の過ちを認め、罰を受ける事には承諾したが、僕の代わりに罰を与えることになった力の弱そうな凛を見て、煽りながら答えると、凛は蓮華先生を見て鼻で笑うと、夏美さんの元に歩いていき、夏美さんにしか聞こえないように耳元で小声で喋る。
「夏美さん、※※、※※、※※※、※※※※※ある?あるなら持ってきてほしいの」
「……ええ、あるけど。ちょっと持ってくるわね」
夏美さんは凛の話を聞いて、頼まれたものを取りに教室から出ていくと、しばらくして凛に頼まれた物を持ってくると、凛が頼んだものは、縄、タオル、塩、水が満タンに入っているピッチャーだった。
「そんな物で罰を与えるのかのう、効きそうにないと思うんじゃが、ちょっと、興味があるのう」
「……ええ、こんなものが高レベル冒険者に効くのでしょうか……」
「じゃあ、見学するといいの。お母さん直伝のお仕置きなの。碧君たちは先生の罰が終わるまで教室から出てて欲しいの」
興味本位で凛の罰が気になっている佳代子おばあちゃんと夏美さんを教室に残し、凛は僕の背中を押して僕たちを教室の外に出し、扉を閉めて鍵を閉める音が聞こえた。僕たちは耳を澄ませながら中の教室の音を聞くと、教室の中から自信満々な蓮華先生の声が聞こえてくる。
「へっ!そんなもんが罰になるのかよ。よかった、軽い罰で。」
「そう言ってられるのも今の内だけなの。……まず、先生を縄で動けないように縛りつけるの。」
「ハイハイ、縛られますよっと。それで、どうすんだ。」
「これをこうするの、それで……」
ゴソゴソと物音が聞こえ、教室でどんな罰が起こっているか僕はちょっと気になっていると、次第に自信満々の蓮華先生の声が慌て始めるのが聞こえる。
「……ふん、そんなの効かないって、え!?ちょっと待て、それをどうする気だ。」
蓮華先生が突然の凛の行動に段々と焦った声が聞こえてくる。
「じゃあ、罰を執行するの、地獄に行ってらっしゃいなの。」
「お願い、ちょっと待って、ごぼ!?ぐぼぼ!?ごぼ…………」
懇願する先生の声が聞こえると、次はバタバタ激しい物音が聞こえ、先生が激しく溺れているような声が聞こえると同時に、水がピチャピチャと床に落ちる音が聞こえた。しばらくすると静かになり、凛が扉の鍵を開けて、すっきりとした顔で教室から出てくる。
「ふ~~。これでお仕置きは完了なの。碧君、申し訳ないんだけど、びちゃびちゃになった床をクイーンスライムになって吸収して欲しいの。雛たちは碧君が床を綺麗にするまでちょっと待っていて欲しいの。」
「うん、わかったよ。ちゃっちゃと掃除するね。」
僕は凛に答えながらも恐る恐る教室の中に入ると、教室の中心で全身が水びだしになり白目を向いて気絶している蓮華先生の姿があり、教室の隅の方では全身を震わせて恐怖している佳代子おばあちゃんと紙にメモを取りながら感心している夏美さんが立っていた。
「な、夏美よ。もし、わしが罰を受ける事になっても、凛ちゃんのあれだけはやめてくれんかのう。」
「さぁ~、どうでしょうね。母さんがアホなことをしない限りあんなことはしませんよ。……そうですか、高レベルの冒険者でもあれが効くんですか。勉強になりますね~。」
僕はそんな二人の会話を聞きながらも掃除するために先生の近くに歩いていき、クイーンスライムになろうとした時、先生の方からある匂いが微かに漂ってくるが、僕は先生の尊厳を守るために皆が気が付かぬうちにクイーンスライムになって濡れた先生の服と水びだしの床の水分を吸収すると、先生が意識を取り戻す。
「……は!?恐ろしい目にあったぜ。私、もうあの子を怒らせないようにしようって。あれ?濡れてない?」
蓮華先生は自分の服や髪を手で触り首を傾げるので、その様子を見ていた僕はクイーンスライムから元に戻りながら話す。
「濡れた先生の服と体は、先生が気絶しているうちに僕がクイーンスライムになって水分を取っておきましたよ。先生なんですからこれからはちゃんとしてくださいね。」
僕は蓮華先生に人差し指を向けてメッと注意すると、蓮華先生は僕の前に歩いて来て片膝をつき真剣な表情で僕の手を取って話す。
「灰城碧君、もし、私が真剣に残りの人生を君に捧げたいって言ったら受け入れてくれる?」
「え!?先生さっきお仕置きされたばかりですよね。よくすぐにそんな事が言えますね。」
僕は呆れながら蓮華先生に答えると、蓮華先生は僕の手の甲にキスをして答える。
「私の君の評価はきっと底辺だろう。だからこそ今しかないと私は思うんだよ。これから先、頑張って這い上がり君に認められるように頑張るから、その時は結婚して欲しい。」
真剣な表情で僕にプロポーズしてくる蓮華先生に僕はつい答えてしまう。
「はい……僕が認めて、皆が納得したらいいですよ。」
「やふぃ~!!やったぜ、こんちくしょう!!私は婚活戦争に勝ったんだ!!理想の合法ショタの彼氏をゲットしてこれで人生バラ色だ~い!!ありがと~~!!」
蓮華先生はさっきの真剣な表情が嘘のようにケロッとにやけた顔になり、教室の窓を開けて大声で叫ぶ。
「……え」
蓮華先生に騙されたショックで僕は茫然として立っていると、教室に入って来た空ちゃんたちに呆れられる。
「……碧お兄ちゃん。もう。」
そう言って空ちゃん不機嫌な表情で僕の足の脛を軽く蹴る。
「……え、じゃないわよ。碧君、何騙されてるの。あんなの演技に決まってるじゃない。」
「雛っち、優しい碧っちが押しに弱いことぐらい知ってるじゃないっすか。あんなことされたら雰囲気に呑まれちゃうっすよ。」
「しょうがないの。それにまた先生が無理に碧君に迫らないように、私が教育してやるの。」
僕はそんな空ちゃんたちの会話を聞きながら、未だに教室の窓から叫んでいる蓮華先生を見ながら茫然として、緊張した入学式を終えるのだった。