デパート屋上のアクシデント 1
とある昼下がりの休日の出来事。世間は休日で、街には家族連れが溢れ、午前のデパートの屋上は賑わっていた。そんな中、野外ステージに立つ僕は、小さな子供たちの前で注目を集めていた。なぜなら――
今の僕は、アニメ『吸血騎士リリー』の主人公、リリーのコスプレをして舞台に立っているからだ。敵役の着ぐるみを相手に、主人公が持つアニメそっくりの模造刀の剣先を向け、スピーカーから流れる主人公の定番のセリフに合わせて口をパクパクと動かしながら演技をしている。
『ナイトメアタウロス! 私が来たからにはもう悪事は許さないわ。この宝石剣『薔薇水晶』で貴方たちの悪しき魂を浄化してみせる。行くわよ!』
『わーっはっはっはっ! リリーよ、今日こそは貴様を地獄に送ってやろうぞ!』
スピーカーから聞こえる声に合わせて、敵役のミノタウロスの着ぐるみを着た役者は、声に合わせて着ぐるみを動かし、戦闘員役の人たちに合図を送る。
僕は襲ってくる戦闘員役の人を、剣が当たらないように注意しながら、次々と切り伏せる演技をする。その様子を見ていたルトと翼ちゃんの声援が聞こえてくる。
ルトと翼ちゃんが舞台で演技している僕に向かって拳を握りしめながら立ち上がり、大きな声で応援している。
「おかあちゃん、がんばれー!」
「いけー! お兄ちゃん、そこだー!」
応援する二人の席の後ろで、空ちゃんがスマホを掲げて舞台で演技している僕を撮影しながらニヤついており、その隣にいる雛は、僕に同情の視線を向けて苦笑いしている。
小さな子供たちに応援されながら、動きが見えやすいように角度を調整しつつ模造刀で敵役の戦闘員を倒していく僕は、心の中で思う。
(……どうしてこんなことに。僕はただ買い物に来ただけなのに)
始まりは一時間前に遡る。
※
ルトと翼ちゃんにせがまれてデパートでやっている、午前十一時から始まるアニメ『吸血騎士リリー』のキャラクターショーを見に、僕たちはやって来た。
デパートに来ていたのは、僕とルト、翼ちゃん、それに空ちゃんと雛の五人だ。千香と凛は、凛に外せないイベントがあるらしく、嫌がる千香を無理やり連れて行っているようだ。
「はやくはじまらないかな」
「ね~、楽しみ」
ルトと翼ちゃんが手を繋ぎながら商品を選んでいる僕たちの後ろで楽しそうに喋っている。
ショーが始まるまでに買い物を済ませようと、足りなくなった日用品を買った僕たちは、ショーが始まる一時間前には舞台近くの軽食スペースで軽く昼食を取っていた。そのとき、後ろにあるテントからスタッフの慌ただしい声が聞こえてきた。
「なに!? 主人公の着ぐるみが舞台のセットに潰されてぐしゃぐしゃになってる。どうしてもっと早く言わなかった!」
「す、すみません。潰れているのに気づいたのはついさっきなんです。ど、どうしましょう……」
どうやら着ぐるみが壊れてショーが開催できなくなったようだ。
「中止にするしかないだろ。俺が急いで事情を説明しに行くから、お前は他の所から着ぐるみを手配できないか電話で確認を取れ」
そう言ってテントから慌ただしく出てきた男性スタッフがエレベーターに向かって走っていく様子を、僕はジュースを飲みながら眺めていた。すると、テントから叱られていた今にも泣きそうな女性スタッフが出てきて、涙声で必死に電話をしているのが聞こえてきた。
「そうですか……やっぱり一時間以内に着ぐるみを持ってこれませんか。すみません、失礼いたします……はぁ~、どうしよう……あ、あ~!」
女性スタッフは深くため息を吐いて顔を上げると、僕と視線が合った。その瞬間、彼女はわなわなと震えながらこちらを指差した。
嫌な予感がした僕は、すぐに視線を逸らして気づかなかったふりをするが、どうやら遅かったようだ。女性スタッフは僕の足に泣きながらしがみつき、涙声で僕に向かって懇願するように話しかけてきた。
「貴方はテレビに映っていたリリーそっくりの人ですよね。お願いです、助けてください~!」
泣きながら懇願してくる女性スタッフに断ることができなかった僕は、こうしてキャラクターショーに出演することになった。