入学試験後のお疲れ会 9
清姫とスケさんを紹介して縁側から居間に戻ると、僕は梢さんと詠美さんに問い詰められていた。
「……それで、あの2匹、いや……3匹だったか、いつからあの姿になったのか説明してくれる?あれはどう見ても魔物になってるわよ」
梢さんはソファーに全身を投げ出してぐったりした様子で、僕に呆れながら話す。
「私にも詳しく教えてくださいね、あの子たちを冒険者組合の方に登録しなければなりませんから」
詠美さんは梢さんの隣に座って、小さな机を挟んで正座している僕を、頬に手を当てて困った表情で見下ろしている。
空ちゃんたちは台所近くの机の椅子に座って僕たちの会話を静かに聞いている。
僕は頭を抱えて必死に思い出しながら、あの子たちが変わった当時の状況を話した。
「……確か、空ちゃんにステータスカードの細工を外してもらって、僕が10レベル以上になった次の日ですね。……一カ月前くらいでしょうか」
梢さんは天を仰ぐようにしてため息を吐きながらだるそうに喋る。
「はー……。原因はそれだな。碧君が急激にレベルが上がって、体が適応するまでの間に魔力が漏れ出てたんだろうよ。それで魔物になったんだな。あんたたちは魔力を感じ取れないから仕方ないけど。さっきまであの子たちの存在をあたしは感知できなかったのよ。影響させたのが碧君でよかったわね」
「どういうことでしょうか梢、影響させたってどういうことですか」
詠美さんは梢さんの言葉に疑問を抱き問いかける。
僕も詠美さんの疑問に賛同するように頷く。
「……詠美。冒険者組合で聞いたことないかい、たまに冒険者のペットが魔物化する話」
詠美さんは聞いたことがないようで首を傾げてきょとんとしながら尋ねる。
「すみません。聞いたことありません。そんな事があるんですか?」
「レベルの高い低いに限らず魔力の高い冒険者が自宅で魔法の練習をすると、その周辺に余剰分の魔力がペットに浴び続けて魔物化するのよ。……ほら、物語にあるでしょ。魔女や魔法使いにはいつも鳥や猫の使い魔がいるでしょ。それと同じよ。そして、魔力を発生させた本人の性格に影響を及ぼすの、怒りっぽい奴から影響を受ければ当然、怒りっぽくなるし、攻撃的思考をもった奴からなら攻撃的にってね。碧君は真面目でのほほんとしてるからあの子たちものんびりとした性格をしてるんじゃない。たぶん?」
確信が持てない梢さんは首を傾げながら自信なさげに話す。
僕は今話してくれた梢さんの話に疑問を覚える。
「でもあの子たちはあの姿になる前もあんな感じでしたよ。僕がテレビを見ていない時に清姫は尻尾でリモコンを操作してワイドナショーを見ていたり、スケさんとカクさんは悪質な訪問販売の人を追い返してくれたり」
台所に近い机の椅子に座って聞いていた凛と千香が呟く。
「へ~。あの清姫ちゃん、前のからテレビが使えるくらい頭が良かったんだ~すごいの~」
「もう、何でもありっすね。さっきの光景を見ていなかったら絶対に嘘だと思うっす」
梢さんは頭をかき乱して考えるのをやめて、僕に別の質問にする。
「……じゃあ、質問を変えるわ、あの子たちと、どう出会ったの」
「そうですね。まず清姫は空ちゃんが東京に行ったその日に出会いました。道端で切り傷が耐えなくて血だらけで衰弱してたので僕が家に連れて帰って保護したのがきっかけかな」
それを聞いたルトと翼ちゃんが悲しそうに今の清姫がいる縁側の方を見て喋る。
「きよひめしゃんかわいそう」
「清姫ちゃんをいじめるなんて許せないです」
僕は二人の呟きを聞いてから、再び話を続ける。
「そして元気を取り戻した清姫を元の場所に返したんだけど、家まで着いて来て、縁の下に住むようになりました。決まった時間に家の中に入ってきてくつろいだりしています。」
梢さんは僕の話を静かに聞いて頷き、詠美さんはハンカチで涙を拭きながら話を聞いていた。
「スケさんとカクさんはちょっと変わっていて、今はもう亡くなってしまったけど、スケさんとカクさんに前に女王蜂が居たんです。蜜って名前の女王蜂が、清姫に出会って三カ月たった時に巣が破壊されて投げ出されていた幼虫の蜜を家で成虫になるまで育てていたんです。ほとんどの人に避けられて寂しかった僕は、ちょっとでも温もりが欲しかったんだ。たとえ蜜が成虫になって刺されても許せるくらいに」
僕の孤独な現状を聞いていた空ちゃんと雛が悲しんでくれる。
「……碧お兄ちゃん。そこまで追い詰められていたの」
「……碧君、ごめんなさい。あの時は悪い噂ばかり信じて、うちが気づいてあげられたら」
他の皆も静かに涙ぐんで聞いてくれている中で僕は話を続ける。
「やがて成虫になった蜜を野生に帰そうとしたんですけど、蜜も清姫と同じで、窓を開けても逃げなかったんです。昼間の時の蜜は裏山の方に飛んでいきますけど夜になるとちゃんと家に帰ってくる賢い蜂でした。そして僕は清姫と蜜と一緒に生活していました」
詠美さんは先程から僕の話をメモに書き留めながら質問する。
「……凄い話ですね。でも蜜ちゃんは亡くなってしまったんですよね」
「……うん、僕をいじめに家までやって来た玲次を追い返そうと向かって行ったけど、玲次のファイヤーボールをまともに受けて瀕死の状態になって、僕は蜜を両手で掬い上げて、また大切な家族がなくなる事に我慢できなくなって泣きそうになった時に、僕は初めて蜜に軽く刺されたんです。まるで泣くんじゃないって励ましてくれてるみたいに、そうしてしばらく後に亡くなりました」
僕の話を聞いて、机を叩いて怒りを露わにする空ちゃん。
「あの馬鹿兄貴!!。本当に、迷惑なことしかやらないね。さっきまで馬鹿兄貴のことで後悔してたけど、もう、どうでもいいや」
空ちゃんの向かいの椅子に座っている千香が同情するように空ちゃんをたしなめる。
「いや~ほんと、名古屋に連行されてよかったっす。あいつのことは忘れましょう。それに、碧っちの話は終わってないっすよ」
僕は千香にお礼を言うと話を続ける。
「そして、蜜が亡くなって3日後にスケさんとカクさんがやって来たんです。この2匹は蜜が卵を産んで生まれた子だとすぐに僕はわかりました。だって、僕が前に蜜に教えた前足をあげて挨拶する仕草なんて蜜しかいないんだもん」
僕は蜜の事を思いながら最後まで話しきり、また懐かしむように畑のすぐそばにある蜜のお墓を見ていた。