冒険者組合の出来事~入学試験の裏側で~1
灰城達が入学試験を受けていた頃、冒険者組合では、今日も冒険者たちの活気に満ちていた。壁にはクエストの依頼書が所狭しと貼られ、賑わいを見せているが、今日はいつもとようすが違っていた。
受付が設置されているすぐ近くで小さな机と椅子を置かれており、ボードゲームで遊んでいる少女が2人、ルトと翼である。
このダンジョンがある世の中、彼女達2人だけでは自宅に留守番をしているのは危険なため、碧君達から私が預かったのだ。。
普段にはない不思議な空気ができており、遠巻きにチラチラと冒険者たちが見ているが2人は気にした様子はなくキャッキャと騒ぎながらボードゲームに熱中していた。
中にはちょっかいをかけようとする冒険者もいるが、私が受付の場所から睨みを効かせ遠ざける。
「詠美さん、ちょっと怖いわよ、受付なんだから笑顔を忘れずにね。知り合いの子を預かったからって、あの子達に近づいてくる冒険者全員を睨まなくてもここで問題を起こす奴なんていないと思うけど」
「すみません。でも、心配になってしまうんです」
隣で受付を担当している先輩の提まつりに軽く注意を受けるが、そんな事はない、これでもまだ足りないくらいだ。
「そんなに心配なら今日は早く上がってもいいわよ。いつも真面目に働いているんだから、たまには早上がりでもバチは当たらないわよ。……心配なんでしょ、あの子達のこと」
私に気を使ってくれるまつり先輩に感謝をして、頭を横に振る。
本当に私はまつり先輩には頭が上がらない、私が怪我で苦しんでいた時や仕事で困ったときは『しょうがないな~』なんて言っていつも助けてくれた優しい先輩だ。
「いいえ、まつり先輩、仕事を途中で放り出すような真似は致しません。心配ですがこのまま続けさせてください。ルトちゃんと翼ちゃんはあそこでおとなしく待ってくれますし、大丈夫です」
まつり先輩に私は笑顔で感謝を述べるとその笑顔を遠巻きに見ていた冒険者が騒いでいるが、今更私に人気が出ても、私は愛する碧君がいるからどうとも思わない。むしろその視線が鬱陶しいくらいだ。
最近の私は、碧君に怪我を治してくれたお陰で、堂々と胸を張って仕事ができるようになるほどの余裕ができ、前は常に痛みがあって痛みに耐えるために睨んだ表情になっていたが、今は笑顔で対応する姿に私で受付をする冒険者が増えていき、ナンパをしてくる冒険者たちも出始めていて正直まいっている。
まつり先輩は私に向けられる冒険者の視線に気がつき苦笑いをする。
「……あはは、詠美ちゃん随分と人気になっちゃったね、私はこういうのは慣れたけどこれは正直慣れだからね」
「そうですよね。慣れるしかないんですよね。はぁ~~」
私は深いため息をついて落ち込んでいるとそれを見ていたルトちゃんと翼ちゃんがこちらにやってきて心配なようすで聞いてくる。
「えいみおねえちゃん、だいちょうぶ?」
「どうしたの、詠美お姉ちゃん、辛いの?」
(いけない私ったら、2人に心配させてしまったわ。しっかりしないと)
2人に心配させないように私は無理やり笑顔を作り、優しく頭を撫でると、一人の冒険者が近づいてきて恐る恐る近づき私に尋ねる。
「……あのぅ、森崎さん。こちらの子達はどういった御関係ですか?妹さんですか?」
「この子達は私の未来の家族なんですよ。かわいいでしょ。今日は事情があって預かってるの。皆さんもこの子達にちょっかいをかけないでくださいね」
私に視線を向けている全員に聞こえるように少し圧をかけながら伝える。
「えいみおねえちゃん、かっこいい」
「詠美お姉ちゃん、大人の女性って感じで、すてきだな~」
2人からの称賛の声に私は気分が良くなる。
そんな和やかになる雰囲気の中、空気の読めない出来事が突然訪れる。
1人の素行の悪い少年の冒険者が入り口から飛び込んで来て、それを追うように私の知っている人物が飛び込んでくる。
「あなたもう逃げ場はないわよおとなしく観念しなさい。でないとお仕置きよ」
「嫌だね、何で俺が試験を受けないのに冒険者学校に行かなきゃならないんだよ」
必死に逃げ回っている少年とそれを追うオネェ口調で喋る男性、その様子を見ていたまつり先輩が。
「そうか、今日はあの日なのか、いや~大変だ。」
「……兄さん、何をやっているのよ、まったく」
内股で走って追いかける兄さんに呆れてため息をつく。
「えいみおねえちゃん、ちってるひと?」
「誰なんですか?」
ルトちゃんと翼ちゃんに尋ねられた私は、渋々兄さんに指を向ける。
「あの後ろで追いかけてる方は私の兄さんなの」
「おにいちゃんなの?」
「そうなんですか、……あれが詠美お姉ちゃんのお兄ちゃん」
ルトちゃんは疑問に思いながら、翼ちゃんは兄さんの内股で走っている姿に引いている。
「兄さん何してるの、さっさと全力を出せば捕まえられるでしょうに」
私の呟きにまつり先輩は否定する。
「それはできないと思うよ。ここで全力を出したら建物を壊しちゃうからね。考えてるよ、ごんちゃんは」
「そうなんですね。……え、ごんちゃん?」
まつり先輩から聞こえた一言に疑問を持った、私は聞き返す。
私が聞き返したことが意外だったのか首を傾げて答える。
「あれ、聞いてないの?おかしいな~、あの人と結婚寸前までいってたんだよ、わたし」
「「「え~~~!!」」」
周りで聞き耳を立てていた冒険者たちと一緒になって私は叫んだようすに、まつり先輩は頬を膨らませて。
「もう、みんな、何よその驚きは、いいじゃない、誰を好きになっても私の勝手でしょう。結婚は白紙になっちゃったけど、今でもごんちゃんを愛してるよ」
まつり先輩からそんな言葉が出るとは思ってなかった私は複雑な気持ちになる。
(兄さんが結婚していたら、まつり先輩がお姉さんになっていたのか)
そんな事を思っていると、少年がこちらに向かって逃げて来て、先程の話か聞こえたのか、まつり先輩を狙って人質に取ろうとしてるようだ。
私はとっさにまつり先輩を抱きしめて横に飛び避けると、少年はすぐにルトちゃんと翼ちゃんの存在に気付き目標を変え、2人に逃げるように叫ぶ。
「ルトちゃん、翼ちゃん逃げて!!」
私は心臓の鼓動が早くなりながらも、2人に迫っていく少年を目で追うことしかできなかった。
「もう、おせぇよ。これで人質に、どわ!?なんだよこれ、この光のドームは!?」
ルトちゃんが手を上に向けてスキルを発動して、2人を守るように結界の障壁に守られていた。
「つばさちゃんはるとがまもりゅ」
「ルトちゃん……」
少年にドヤ顔を決めてカッコつけているルトちゃんを見て、私は安心する。
そして、動揺してる少年が油断してる隙に兄さんに捕まり、どこからか鎖を持ち出してきて、少年をグルグル巻きにして担ぐ。
「ごめんなさい、迷惑を掛けちゃって、時間が押しているから改めてお礼をするわ。詠美ちゃん、ま~ちゃん、じゃあね~」
そう言って少年を担ぎ走っていく兄さんにまつり先輩は手を振って見送る。
「ごんちゃ~ん、たまにはこっちに顔出しに来てね~」
遠くの方で『私はルーチェって呼んで~』っと聞こえてくるが、私は聞こえないふりをした。
こうして無事に慌ただしい午前中の出来事は幕を閉じた。