閑話:最上玲次サイド1 メッキの剥がれた俺様最強〜逃げ場のない特別教室〜
(……おかしい、あんなことがあったのに、今日まで何も起きなかった。ひょっとして俺様の思い過ごしか?)
ダンジョンで古土たちを囮にして逃げたのだから 、冒険者組合からは何かしらのアクションがあると思っていたが、何の抗議や通報もなかった。
すでに家に連絡が行っているかもしれないと、緊張しながら帰宅したものの、家族の様子はいつもと変わらなかった。
(もしかして、古土たちはそのままダンジョンで死んだのか? だとしたら、畜生、無駄な緊張をしちまったぜ)
最初はそう高を括ってやり過ごしたが、日にちが経てば経つほど疑心暗鬼に囚われてしまう。
思い切って冒険者組合から連絡が来ていないか、母親にそれとなく聞いてみたが――
「冒険者組合からの連絡? 来てないけど、まさかとは思うけど玲次。なにか悪いことしたんじゃないだろうね」
母親の動かしていた手が、ピタリと止まった。
泡のついた手をそのままに、母親はゆっくりと首だけでこちらを振り返る。その眼差しは、俺様の心の奥底を覗き込もうとするかのように鋭く、そして疑わしいものだった。
「ちげーよ。ちょっと調べものを頼んでるんだよ 」
「ふーん、そうなの。それより玲次。ちゃんと試験勉強はしてるの? 冒険者の学校とはいえ筆記試験もあるんでしょ? 」
「筆記試験で落ちる俺様じゃない」
「そう、ならいいんだけど……」
それだけ言うと、母親はカチャカチャと食器の音を立てながら洗い物を再開した。
妹の空の奴にもそれとなく話を聞くため、彼女の部屋に向かい扉をノックする。
ガチャリと扉が少しだけ開き、隙間から空が顔を出した。だが、俺様の顔を見るなり、彼女はあからさまにうんざりした表情を浮かべる。
「何か用? 今、ちょー忙しいんだけど?」
俺様は内心の焦りを悟られないよう、面倒くさそうにポリポリと頭を掻きながら、あくまで何気ない風を装って尋ねてみた。
「あー、いや……最近、冒険者組合のことで何かニュースとか連絡とか知らねぇか?」
俺様のその言葉に、空は「はぁ? わざわざそんなことで私の部屋に来たわけ? 」とでも言いたげな、心底呆れ返ったような冷ややかな目を向けてきた。
「はぁ? 最近の冒険者組合のこと? そんなの自分の携帯で調べればいいじゃん!」
「俺様の携帯は今壊れてるから調べられねぇんだよ! だから、ちょっとお前のパソコンを貸してくれ」
「ぜぇ~~ったい、嫌!! そんなに調べたいことがあるなら、自分でダンジョンに潜って稼いで新しい携帯を買えばいいでしょ!」
バタンッ!!
そう言い放つなり、空は勢いよくドアを閉めた。
あの協力者に裏切られて携帯を破壊され、新しい携帯を買おうにも最近はダンジョンでなぜか魔物をまともに倒せず、金がない。
かと言ってダンジョンに挑みに行こうにも、装備がボロボロでまともに戦うことはできないだろう。
灰城の奴がいつも潜っているスライムのダンジョンなら一人でも潜ることができるが、こんなボロボロの格好をあいつに見られたくない。
結局俺様は、入学試験が始まるまで外に出ることはなく、自室で疑心暗鬼に苛まれながら日々を過ごしていった。
※
そして、入学試験当日。
結局、あれから何日経っても冒険者組合から連絡が来ることはなかった。 どうやら古土たちはあのままダンジョンの中でくたばって、俺様のやったことは完全にバレずに済んだみたいだ。
(ふんっ、無駄に心配しちまったぜ)
内心ホッと胸を撫で下ろした俺様は、すっかりいつもの余裕を取り戻していた。
最近ダンジョンで魔物を倒せないでいるのも、きっと今はただ調子が悪いだけだ。学校に入学したら、また適当な奴でも捕まえてダンジョンに同行させればいいだけの話だ。
そんな打算を巡らせながら、俺様は我が物顔で受付へと歩み寄り、堂々と受験票を提出した。
そして目の前にある黒い巨大な物体――ステータスボードの説明を聞き、促されるままステータスカードをそこに押し当てた。すると、盤面に名前とレベルが浮かび上がった。
最上玲次
レベル25
俺様のレベルが表示された瞬間、周りの受験生たちから驚きの声が上がる。
(そう、これだよこれ。俺様はこの歓声を聞きたかったんだ。やっぱり俺様は特別な存在なんだよ )
久しぶりに浴びる称賛の声に、俺様はすっかり上機嫌になっていた。最近の不調などすっかり忘れ、自分が世界の中心にいるかのような全能感に浸る。
「確認が取れました。最上玲次君。この用紙を持って左側の『第四試験会場』 に移動してください 」
「ういっす」
軽い足取りで、鼻歌を口ずさみながら指定された教室に入っていく。
だが、会場に足を踏み入れた瞬間 、俺様の浮かれた気分は一瞬にして凍りついた。
「……は?」
そこには、太い鎖で椅子にグルグル巻きにされた受験生の姿があった。
よく見れば、そいつの顔には見覚えがある。
(あいつ……確か、他校で派手な暴力事件を起こしたっていう有名な手越じゃねぇか。なんであんなヤバい奴が、こんな目に遭ってんだよ!?)
そんな凶暴なはずの男が、今は反抗する素振りすら見せず、青ざめた顔で大人しく鎖に縛られている。
ふと嫌な予感がして会場全体を見渡せば、手越だけではなかった。他にもあちこちで、同じように鎖で拘束され、椅子に縛り付けられている受験生たちの姿がちらほらと見える。
(手越だけじゃねぇ……ッ! あいつも、あいつも……! なんであんなヤバい問題児ばかりが集められてんだよ!? )
異常すぎる光景に、心臓が早鐘のように鳴り始める。どいつもこいつも、ダンジョンでのトラブルや素行不良で、ギルドのブラックリスト一歩手前と言われる札付きのワルばかりだ。
――だとしたら、なぜ『俺様』が、この部屋に指定された?
その疑問に行き着いた瞬間、背筋に氷のような悪寒が走った。
まさか、ダンジョンで古土たちを囮にして逃げたことがバレたのか?
(だとしたら……やばい!! やばい!! やばい!! 今すぐここから逃げねぇと!! )
本能的な恐怖に駆られた俺様は、慌てて入り口へ逃げ出そうとしたが、いつの間にか背後に立っていた男性試験官に肩をガシッと掴まれ、制止される。
「どこへ行くつもりですか? 君も早く座りなさい。さもないと、あの受験者の様に鎖で拘束しますよ」
一切の感情を感じさせない、有無を言わさぬ冷酷な声。それと同時に、掴まれた肩から「ミシ……ミシッ……」と骨が悲鳴を上げるような嫌な音が鳴る。
「ぐっ……!?」
レベル25である俺様の身体能力を以てしても、振りほどくどころか微かな抵抗すら許されない、圧倒的で、暴力的なまでの握力だった。
(くそ、そういうことかよ……ッ、畜生!)
ここがただの試験会場ではないこと、そして力でも絶対に逃げられないことを悟った俺様は、大人しく椅子に座り、ひたすら後悔に苛まれながら静かに待つのだった。




