入学試験5
観客席で待っていた、飛騨君を含めた共に試験を受けた仲間たちの列に座ると、飛騨君が話しかけてきた。
「灰城君、さっき試験管の藤原さんに呼び止められていた所を見たけど、知り合いなの?」
「そうなんですか。リリー様」
飛騨君の話が聞こえたのか、一緒に試験を受けた女性受験生も一緒になって聞いて来た。
近くには来ないが、先程一緒に試験を受けて連携してくれた男性受験者の2人もその列に座ったままだが視線だけはこちらに向けている。
まず初めに、彼女に僕の名前を正さなければならない。
「まずは、僕はアニメキャラクターじゃないよ。僕は灰城碧。……リリー様呼ばわりはやめてほしいな」
僕は困った顔を装って少し声のトーンを落として不機嫌な雰囲気を出す。
それを見た彼女は上半身を上下に何度も倒しては起き上がりを繰り返し精一杯謝罪を示す。
「ご、ごめんなさい!頭では分かっているんです、違うってことは、でも、どうしても呼んでしまいます。」
彼女は下を向いて途切れ途切れにポツポツと話を続ける。
「……私、最近まで入院していたんです。レベルが12になって慢心してダンジョンの入り口に向かって帰る途中に、ゴブリンに背後から攻撃を受けて、気が付いたら地面に倒れていました。幸いにも入り口に近かったお陰で、襲撃を受けて倒れた私を他の冒険者に助けていだたき、病院に運ばれました」
(ど、どうしよう。僕の名前を正しただけなのに、彼女のシリアスな話が始まってしまった)
僕は彼女の話をただ黙って聞くことしかできなかった。
彼女のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、いつの間にか周りの騒がしい雑談も静まり返っている。
「背骨にひびが入っただけでなく、倒れた時に切れた傷口からゴブリンの持つこん棒に強力な麻痺毒が塗られていたらしく、その麻痺毒が原因で、現時点では治療不可能で、もうまともな生活は出来ないと医者に言われた私は、ただ風景を眺めるだけの毎日でした」
僕は彼女の話に疑問が残る。
「でもこうして動けているよね。治療不可能って言われたんでしょ?なぜ?」
「リリー様。いえ、すいません、灰城様ですね。あなたのお陰です。」
そう言って顔を上げて僕を見る彼女。
「……え、僕?」
僕は自分に指を指して尋ねる。
「そうです。私の同じ病室だった、古土翼ちゃんを治しに来た灰城様に治して頂きました。」
「あ~~あったね、魔力を使いすぎてハイになった僕は、魔力を使い切るまでその階にいた病人を手当たり次第に回復魔法を使いまくったっけ」
彼女の話を聞いて、今更ながら思い出し、僕は苦笑いをしてごまかす。
それを聞いた飛騨君は呆れた表情で僕を見ていた。
「灰城君はそれだけの事があったのに忘れるって」
「いや、しょうがないんだよ。僕はその後に衝撃的な出来事があって、前の出来事の記憶が吹っ飛んじゃったんだから」
飛騨君に言い訳をしていると僕に、彼女は小さな咳払いをして話を再開する。
「それで、体を動かせることのできる自由を取り戻して呆けていた私に、翼ちゃんは言ったんです。リリーが治してくれたって」
「僕はあの時は、まだ翼ちゃんに名前を言ってなかったからかな」
「念のために精密検査を受けて結果を待っていた時間に、翼ちゃんと一緒にテレビを見たらおどきました。あの時、助けてくれた人にそっくりで」
(まさかの逆パターン!!そんなことってあるんだ)
僕はそんな事を思いながら話の続きを聞く。
「そして、アニメを見ている内に、力のない人々を守るあのリリーのように、私を助けてくれたあの人のように、私も頑張ろうって思って、再び冒険者を目指したんです。そして今日、再び灰城君に出会いました」
おお~っと周囲が感激してる中、次の彼女一言で場の空気が凍る。
「だから、灰城様に再び会えて私、つい舞い上がっちゃって、体臭はどんな匂いがするんだろかっとか、落ちた髪の毛拾えないかなっとか、何処に住んでるんだろうっとか、ついつい考えちゃいました。……えへへ」
「「「ひぃっ!!」」」
感動場面が一瞬にして氷点下になり聞いていた僕を含めた周囲の全員が短い悲鳴をあげて、距離を取る。
僕たちを見た彼女は頬を膨らませて抗議する。
「もぉ、冗談に決まってるじゃないですか。やだなぁ」
「……なんだ、冗談か、良かった」
僕は彼女の冗談だと知って、安心する。
「まぁ……半分は本気ですけど」
彼女が何か小さく呟いていたが、僕は気がつかなかった。
「とにかく、私を治してくれてありがとうございます。今日はただそれが言いたかったんです。今更でなんですけど野能見流美って言います」
彼女が僕にお礼を述べたその時、入り口から次の実技試験の受験者たちが入って来たが様子がおかしい。
入って来た受験者たちはビクビクしながら怯えているようで動きがぎこちない。
観客席で待機していた他の受験者たちも異変に気がつきこれから受ける受験者たちの様子を見つめる。
その受験者の中に僕は見知った顔を見つけた。
(……玲次、やっぱり受けてたんだ。でも何であんなに怯えているんだ)
僕は不思議に思いながら怯えている玲次を見つめるのだった。