第2話 殻を破る時、そして誕生する最強の『男の娘』
光が収まると、僕は奇妙な感覚に襲われた。体が……熱い。いや、違う。全身の皮膚がむず痒いんだ。
「……っ、なんだ、これ……!?」
パリン、という硬質な音がした。
見ると、僕の腕を覆っていた爛れた皮膚や、垢にまみれた薄汚い表皮が、まるで乾燥した泥のようにひび割れている。
「剥がれる……?」
ひび割れは全身に広がっていく。
僕は無意識に、そのボロボロになった「殻」を手で拭った。
パラパラと剥がれ落ちた皮膚の下から現れたのは――雪のように白く、透き通るような白磁の肌だった。
「え……?」
傷跡だらけだった腕が、生まれたての赤ん坊のように滑らかになっている。
それだけじゃない。ガサガサだった髪は絹糸のように艶めき、重かった体は羽が生えたように軽い。
僕は呆然と、池の水面に自分の顔を映した。
そこに映っていたのは、薄汚れた少年ではなかった。
大きな瞳に、通った鼻筋。月光を浴びて輝く、濡れたような白銀の髪。
それはまるで、作り物めいた美しさを持つ――
「……び、美少女……?」
自分の姿なのに、見惚れてしまうほど綺麗だった。
あまりの衝撃に言葉を失っていると、隣から「ブフッ!」という汚い音が聞こえた。
「そ、空ちゃん!?」
慌てて振り向くと、空が両方の鼻から大量の鼻血を噴き出しながら、親指を立てていた。
「ぐっ……! よ、良き……! あまりにも良きですわ……ッ!」
「ち、血が出てるよ! 大丈夫!?」
「問題ありません、これは興奮のあまり血液が沸騰しただけですわ! それより、じっとしていてください! この奇跡の瞬間を永久保存しなければ人類の損失です!」
空は懐からスマホを取り出すと、残像が見えるほどの速度でシャッターを切り始めた。
「パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャッ!!」
「ちょ、怖い怖い! 連写速度がおかしいよ!」
「あああんっ! 角度を変えてもう一枚! 憂いを帯びた表情、最高ですわ! その白磁の肌、鎖骨のライン、まさに歩く芸術品! 興奮で心臓が張り裂けそうですわーッ!」
「落ち着いて空ちゃん! とりあえず、僕の体に何が起きたのか教えてよ!」
僕が叫ぶと、空は「ハッ」と我に返り、鼻血を拭って(まだ出ているが)真面目な顔を作った。
「失礼しました。つい理性が蒸発してしまいました。……お兄ちゃん、ステータスカードを確認してください」
言われて、僕は震える手でカードを視界にかざした。
空も横から顔を近づけ、一緒に画面を覗き込む。
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名前: 灰城 碧 性別: 男(男の娘)レベル: 15
職業: 女騎士 魔物女王
スキル: 『甲冑召喚』『聖剣召喚』『スラッシュ』『魔物化』『眷属作成』
称号: 『男の娘』『スライム殺し』『耐え忍ぶもの』『魔物女王の卵』
職業ポイント: 15pt
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「ふむふむ……こ、これは……」
画面を見た空が、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
僕も、そこに書かれている内容に目が点になる。
「お、男の娘……!? なんだよこの性別表記!? それに職業も『女騎士』とか『魔物女王』とか、わけがわからないよ……」
「お、お兄ちゃん、ここの詳細ボタンを押してみてください!」
空に言われ、震える指で詳細を表示させる。
ポップアップしたウィンドウには、それぞれの職業、スキル、そして称号の説明が記されていた。
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【職業詳細】
● 女騎士 騎士系統のスキルが獲得できる。
● 魔物女王 倒した魔物の魔石を消費し、その魔物の女王種に変身することができる。
【スキル詳細】
● 甲冑召喚/聖剣召喚 『女騎士』専用の聖なる武具を召喚する。
● スラッシュ 魔力を刃に乗せ、敵を両断する斬撃を放つ。
● 魔物化 『魔物女王』の固有スキル。魔石を消費して女王種に変身する。
● 眷属作成 魔石を消費して、使用した魔石の魔物を眷属(配下)として作り出せる。
【称号詳細】
● 男の娘 レベルアップや討伐達成で獲得したポイントを消費し、女性専用職業を獲得・使用することができる。
● スライム殺し スライム系魔物へのダメージ補正(大)。
● 耐え忍ぶもの HP自然回復速度の上昇(微)。精神耐性付与。
● 魔物女王の卵 魔物女王へと至るための器。魔物系スキルの成長補正。
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「「ええええええっ!?」」
僕たちは同時に声を上げた。
「き、『騎士系統』のスキル……? それに魔石を使って『変身』したり『眷属』を作ったり……!? なんだよこれ、人間を辞めてるじゃないか!」
僕が叫ぶと、空も信じられないといった顔で口元を押さえる。
「そ、そんな馬鹿な……! 本来なら性別制限で絶対になれないはずの『女騎士』になれるなんて……。それに、この『魔物女王』というのは何ですの……? 東京にいた頃、国のデータベースにあるあらゆる職業の資料を見ましたけれど……『魔物女王』なんて職業、記録にすら残っていませんでしたわ! 私でも見たことがない、正体不明の職業ですわ!」
空は食い入るように画面を見つめ、早口でまくし立てる。
「『倒した魔物の女王種に変身』……『眷属として作り出せる』……。これは冒険者の常識を覆すトンデモ能力ですわ。称号の方もめちゃくちゃです!」
「あ、うん。『スライム殺し』や『耐え忍ぶもの』はまだ分かるけど……」
「問題はこっちです! 称号『男の娘』……『レベルアップや討伐達成で獲得したポイントを消費し、女性専用職業を獲得・使用することができる』ですって!? レベルアップだけじゃなく、魔物を倒すだけでもポイントが貯まるなんて、こんな優遇された称号、聞いたことがありませんわ!」
「……ッ!!」
空はハッと息を呑み、そして興奮気味に僕の手を握りしめた。
「つまり、お兄ちゃんはただの美少年に進化したのではありません! 女性の『美しさ』と、男性の『身体能力』を兼ね備えた、究極のハイブリッド生命体――『男の娘』へと進化したのです!」
「は、はいぶりっど……?」
「可愛さは正義、強さも正義。つまり最強×最強=超最強ということですわ! これでもう、誰にも『ゴミ』なんて呼ばせません。お兄ちゃんは今日から、世界を魅了する『最強のヒロイン(男)』なんですのよ!」
空の謎理論に頭がついていかない。けれど、体の奥底から力が湧いてくるのを感じた。
これが、僕の新しい力……。
「……ありがとう、空ちゃん。よく分からないけど、これなら戦える気がするよ」
「ええ、その意気ですわ。……ところで、お兄ちゃん」
突然、空の声のトーンが変わった。
さっきまでの真面目な解説口調から、どこかねっとりとした、熱を帯びた声色に。
「な、なに?」
恐る恐る振り返ると、そこには――口の端からよだれを垂らし、目を半月状に細めた、完全な「変態顔」の幼馴染がいた。
「ぐふふ……。その神々しい美貌、そして『女騎士』の職業……。これって、今流行りのアニメ『吸血騎士リリー』ちゃんにそっくりだと思いませんこと?」
「え、なにその不吉な例え……」
「ねぇお兄ちゃん。せっかくですし――ちょっとコスプレしてみない?」
「は?」
「絶対似合いますわ! フリッフリのゴスロリとか、露出度高めの女騎士鎧とか! 私のデータフォルダを潤すために、ぜひご協力を!」
「き、着ないよ! 絶対着ないからね!」
僕は身の危険を感じ、慌てて背を向けて駆け出した。
しかし、背後からは興奮して理性の切れた足音が迫ってくる。
「待ってくださいましーッ! 逃げても無駄ですわよお兄ちゃぁぁん! その柔肌に極上の衣装を着せるまで、私は諦めませんわーッ!!」
「うわぁぁぁん! 誰か助けてぇぇぇ!!」
月夜の公園に、僕の悲鳴と空の変態的な笑い声が響き渡る。
感動の再会と覚醒の夜は、こうして数時間にわたる追いかけっこで更けていくのだった。




