修羅場から告白
先程までの和やかな雰囲気から一変して張り詰めた空気が漂っていた。
僕は空ちゃんの前で、正座をさせられている。
古土さん達は、震えていたルトと翼ちゃんを膝に乗せながら正座をして、部屋の隅で僕の様子を見守っている。
「……碧おにいちゃん説明して」
空ちゃんから普段からは想像できないようなドスの効いた低い声で僕に説明を要求する。
「うっ、うん、まずは冒険者組合からの依頼で……」
僕は、冒険者組合からの依頼から今日に至るまでの経緯を、嘘偽りなく空ちゃんに正直に話す。
空ちゃんは、僕の話で玲次がした所業を聞いた辺りから、最初の頃とは一変して申し訳なさそうな顔をし、古土さんたちに視線を向ける。
すべてを聞いた空ちゃんは、古土さんたちに近づき、頭を下げながら謝罪した。
「うちの馬鹿兄貴がご迷惑をおかけしてすみませんでした。私は最上玲次の妹、最上空です」
「えっ、空さんが謝る必要はないですよ。すべてはあいつについて行った、馬鹿なうちたちが悪いんだし。でも、おかげで灰城君に出会って、妹を治してもらったから良かったと思っています」
「そうッス、妹さんが謝る必要はないッス。それがなければ碧っちに出会えなかったッスから」
「そうなの~、妹さんは気にしなくていいの~、だから~」
四方木さんは空ちゃんそう言って許し、今も正座している僕に近づいて頬にキスをした。
「キスした!! ねぇ、ルトちゃん見た!! 今、キスしたよね!!」
「きちゅしたの、ばっちりみた」
いつの間にかルトと翼ちゃんの二人は体の震えがピタリと止まり、目の前で行われているキスの光景に、二人は興味津々で食い入るように見ていた。
「……え、どうして」
僕は四方木さんの突然のキスに戸惑う。
「わたしはさっき、碧君に言ったよ~。荷物持ちが必要なら、わたしは喜んで同行するって。つまり、そういうことなの~。妻は旦那を支えるってことなの~」
「凛は積極的ッスね~、では、私もこの流れに便乗して」
今度は三島さんが僕に近づき、四方木さんとは反対の頬にキスをした。
「うわ~……。また、お兄ちゃんの頬にチュ~するところ見ちゃったよ~。ね、ルトちゃん!」
「おかあちゃん、もてもて~」
ルトと翼ちゃんは、お互い向かい合うように立って手を握り合い、僕を見てからかいながら楽しそうに祝福し、その場で小さく小刻みにジャンプを繰り返していた。
「不詳、この三島千香。将来は碧っちのお嫁さんにしてもらうッス!」
「えっ、ありがとう?」
連続して起こるキスの猛攻に、僕の思考が停止する。
「ちょっ、ちょっとまって2人とも本気なの、うちらにはまだ早いんじゃ」
「そっ、そうですよ、お姉さん方、いきなりすぎますよ~」
空ちゃんと古土さんは戸惑いを隠せず、狼狽える。
「いきなりじゃないッス。いいんすか、二人とも? もうすぐ碧っちは冒険者学校に入るッスよ。能力が高くて見下さない、それでいて可愛いとなれば、すぐに泥棒猫たちが碧っちの存在に気付いて群がるッスよ」
「当然、ダンジョンの実習があるの~。でも、あらかじめグループを決めておけば、余計なトラブルも回避できるの~」
「たっ、確かに、で、でも~」
古土さんは三島さんと四方木さんの力説に納得しかけるが、まだ決断することができずにいた。
「それと此れとじゃ、違うような……」
空ちゃんも動揺して狼狽えながら否定していると、それを見かねた三島さんが突然僕の方に話を振った。。
「これじゃあ埒が明かないッス。じゃあ、碧っち!!」
「はっ、はい!!」
三島さんに突然呼ばれた僕は姿勢をピンと正す。
「雛っちと空っちと将来結婚したいッスよね!! そうッスよね!!」
「え~と、今、答えなきゃダメ?」
「ダメッス、今、ここでハッキリと決めてくださいッス。次は無いッス」
「そりゃ、空ちゃんも古土さんも魅力的な女性だから……二人がいいなら僕は結婚したいけど」
僕は照れながらも、二人に正直に話す。
「ほら、碧っちは決めたッスよ。残りはヘタレの2人だけッス」
「勇気を出して~、正直に言えばいいの~。ほら~、頑張るの~」
四方木さんは、古土さんと空ちゃんにそう言って勇気づけた後、二人の後ろに回り、そっと背中を押しながら僕の方に近づける。
「ちょっ、ちょっと~」
「近い、近いって」
「雛おねえちゃん、かんばって」
「そらおねえちゃんもゆうきをだちて」
ルトと翼ちゃんも2人を応援する。
「え~い、もう、こうなったらヤケだ!!」
自分の頬を両手で叩き、覚悟を決めた古土さんは、僕の正面に立つと……。
「灰城君、ダンジョンでうちを助けてくれて、妹も直してくれてありがとう。そんなに強い力があるのに、威張ることなく、うちたちに優しく接してくれる……助けられたという単純な理由だけだけど、うちにとっては大きなことだった。……だから、うちは灰城君のことが好きよ」
古土さんはそう言って僕に近づき、僕のおでこにそっとキスをしてから、後ろに下がる。
「本当は唇にしたいけど、今はこれで我慢するわ。うちらよりも昔から灰城君を想っているあの子に譲るわね」
古土さんはそう言って空ちゃんの方に体を向け、彼女にウィンクして合図を送り、勇気づける。
次に僕の前に出てきた空ちゃんは、顔を下に向けて、自信のない不安げな表情で、僕に告白しようとする。
「……碧お兄ちゃん私は「待って、空ちゃん」……え」
僕に話を遮られるとは思っていなかった空ちゃんは、体を震わせながら動揺している。
「……空ちゃん、僕から言わせて」
僕は片膝をついて空ちゃんの手を取り、告白した。
「空ちゃん、昔から僕を好きでいてくれてありがとう。こんな急な展開で驚かせちゃったけど、こんな機会でもなければ、僕は言えそうにないから。……好きだよ、空ちゃん。昔からずっと」
「うっ、嬉しい!! まさか、碧お兄ちゃんの方から告白してくれるなんて~!! 私も、もちろん、碧お兄ちゃんのことを愛してるよ~!!」
空ちゃんは嬉しさのあまり、目元から涙を流しながら僕の告白に答え、僕を床に押し倒して唇にキスをする。
「いや~良かったッスね、これで灰城ファミリーの誕生ッス」
三島さんは僕と空ちゃんに向けて拍手をして祝福し、満面の笑みを浮かべる。
「これからは~、わたし達は運命共同体なの~。その名も灰城ファミリ~」
そんな三島さんの宣言に、四方木さんも合いの手を入れる。
「うちが自分で言ったこととはいえ、今になって恥ずかしい……」
古土さんは両手で顔を隠してその場に蹲り、羞恥心に悶えている。
「じゃあ、翼はルトのおねえちゃん?」
「おっ! お~! るとにおねえちゃんができた!」
そう言って、その場でハイタッチをするルトと翼ちゃんの二人。
僕はというと、未だに続いているタコのようにがっちりとしがみつかれたまま、空ちゃんに長いディープキスをされて呼吸ができず、手で床を叩いて音を鳴らして助けを呼ぶが、誰も気づいてくれない。だんだん意識が遠のいていく。
「ふ~、満足した。あれ、碧お兄ちゃん!!」
ようやく満足した、空ちゃんが僕の様子に気付く。
(……ダメだ、もう……無理)
床に寝て動かない、意識が遠のいていく僕をみんなが見下ろす。
「あちゃ~、やりすぎッスよ。嬉しいのは分かるッスけど」
「やりすぎ~」
「ごめんなさい、嬉しすぎて」
「ちょっと、灰城君、大丈夫! しっかり」
「お兄ちゃん、寝ちゃったねルトちゃん」
「まくらとふとんもってくりゅ」
そんな聞こえてくる声を最後に、僕は意識を失った。