ダンジョンコア
ゴブリンのダンジョンで互いの戦い方を確認し終え、僕たちが出口まで戻ってきたころには、ダンジョン内のオレンジ色の空も、外の時間帯と呼応するかのように、地平線の向こうでわずかに色を失い始めていた。
出口まで戻っていくにつれて、僕たちと同じように探索を終えた他の冒険者たちの姿もちらほらと見え始めた頃――
「おい、あれ見てみろよ! ダンジョンコアだぜ!!」
近くにいた冒険者の一人が、上空をゆっくりと浮かぶダンジョンコアを見つけて叫んだ声が耳に入ってきた。
僕たちも思わず足を止めて、空を見上げる。
ダンジョンの中心から螺旋を描くように上空を浮遊してゆっくりと移動しているアンティークのランタンのような器の中に、赤い粒子を放ちながら宙に浮かぶダンジョンコアの姿があった。
……ダンジョンコアか。何度見ても、本当に不思議な光景だ。
赤い粒子をまとうその姿には、どこか神秘的な美しさがあり、何度見ても飽きることがない。まるで目を離すことを許されないかのように、自然と心が引き寄せられてしまう。
ダンジョンコアにはさまざまなタイプがあり、今回のように空中に浮かびながら螺旋を描いて漂う「浮遊型」のほか、漫画やアニメなどでもよく知られる台座に収められた「台座型」、地中深くに隠された「隠密型」、さらにはモンスターの体内に組み込まれた「一体型」なんてものまで存在する。ちなみに、スライムとメタルアルマジロのダンジョンは台座型だ。
「ねえ、空ちゃん。ダンジョンコアの研究はどこまで進んでるの?」
僕はダンジョンコアを眺めながら、隣でスマホを構えて動画を撮っている空ちゃんに、さりげなく問いかけた。
彼女はダンジョンコアを見かけるたびに動画を撮影し、その映像データを、ダンジョンコアを研究している国の研究機関へ送信しているのだ。
こちらに戻ってきてからも、開発主任である空ちゃんは、パソコンを使って東京の開発機関や国の偉い人たちと定期的に情報をやり取りしている。彼女が開発した魔道具を送っている姿も、僕は何度か見かけていた。
だからこそ、彼女に聞けば常に最新の情報が手に入る。
僕がどうしてそんなことを尋ねたのかというと――
「ん~、それがね、実は全然進んでないっぽいよ。だって、誰もダンジョンコアに触れられないんだもん」
そう、ダンジョンコアには、誰も触れることができないのだ。
「……最初にダンジョンコアに触った冒険者が亡くなったからだよね」
「そうなの。だから下手に触れないの。それに、私も調査用の魔道具を何度も開発して挑戦してみたんだけど、全部失敗しちゃったし。ロボットアームとかドリルとか、いろんな手段を試しても、なぜか触れた部分が根こそぎ削り取られちゃうの。私がこっちに戻ってからも、遠隔でいろんな方法を考えては挑戦してるけど、結局、進展はなくて……もうお手上げ状態なんだって」
空ちゃんは、わざとらしく両手を上げて「お手上げ」ポーズをとってみせた。
実際、人間がダンジョンコアに触れると、数十秒間も高圧電流を浴びたみたいに痙攣を繰り返して、最後にはショック死してしまうらしい。――そんなわけで、いまだにダンジョンコアには多くの謎が残されたままだ。
そして空ちゃんは、片手で銃の形を作って、遠ざかっていくダンジョンコアに向かって「バーン」と撃つマネをしながら、ちょっとカッコつけた口調で言った。
「……でもね、碧お兄ちゃん。いつか私が、ダンジョンコアの秘密を暴く魔道具を作ってみせるから、安心していいよ」
「……とか言って、本当は自分の欲望を満たす魔道具を作るついでなんでしょ? さっきスージーさんと内緒話してたし」
「さーて、何のことかな? わかんなーい」
「こら! 逃げるな!」
僕がジト目でにらむと、彼女はわざとらしくとぼけた顔をして、足早にその場を離れていった。
その様子を見ていた雛たちからは、少し呆れたような視線を向けられつつ、僕たちはダンジョンを後にした。
――その頃、家で留守番をしていたルトたちはというと……
「ふぃ~……ひっく」
見た目は幼女、中身は85歳というご高齢の森崎佳代子が、空になった酒瓶を抱きしめながらソファーで泥酔していた。
「シャ~シャシャシャ……クスッ……」
「くくく……やりましたね、きよ姉さん。空気の入れ替えも済んだし、あとはこのピザの空箱の山をボクが溶かして証拠隠滅すれば……」
悪い笑みを浮かべる蛇の清姫と、机の上に雑に積まれたピザの空箱を溶かしながら同じく笑うスライム娘のイクスが、泥酔した森崎佳代子を見下ろして悪だくみの笑みを浮かべた。
その近くでは……
「ああ、止められなかった……」
「あはは……しょうがないよ、ルトちゃん。私たちも食べちゃったんだもん」
碧に家のことを任されていたルトが、床に両手と膝をついて落ち込んでいた。
そんな彼女を、なんとか元気づけようとする翼の姿があった。
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