風向きひとつで、戦闘開始 1
しばらく歩いていると――。
「ギャウ、ギャギャ」
「ギャギィ」
茂みの奥から「ガサッ」と不穏な音が響き、数メートル先に数体のゴブリンが姿を現した。
彼らは上機嫌な鳴き声で、どこか楽しげに話しながら、僕たちの存在に気づかないまま進路を横切ろうとしていた。
「………(サッ)」
その瞬間、先頭を歩いていた雛が手を伸ばして僕たちを制止し、動かないようにと合図を送る。
幸いにもまだ距離があり、周囲に乱雑に生い茂る木々や、向かい風のおかげで、ゴブリンたちには気づかれていないようだった。
その一方で――。
ジャガイモが腐ったような、生ゴミに似た悪臭が、風に乗ってこちらに漂ってくる。
風に乗ってくるその匂いに……
「おえぇぇ……、きもちわるい」
「くっさいッス~」
あまりの臭さに、鼻をつまんだ雛と千香が、小声で吐き捨てるように言った。
このダンジョンにいるゴブリンたちの中には、「いったいどこで何をしたらそんなに臭くなるんだ?」と言いたくなるほど、異臭を放つ集団が存在する。
ちなみに僕はというと、空ちゃんと凛に両手をそれぞれ繋がれていた。
「よかった~、碧お兄ちゃんのそばにいて」
「快適なの~」
「ずるいわよ、2人とも」
「不公平ッス~……」
「あはは……、なんかごめん」
どうやらシスター服を着ている間は、雨の日と同じく匂いも透明な膜で防いでくれるようで、さらに誰かと手をつなぐと、その膜がつないでいる相手にも広がるらしい。
このことを知ったのは、以前ルトと雨の日に買い物へ出かけたとき、偶然に発見したものだ。
そんな中、スージーさんは平然としていた。
「スーちゃんは平気なの?」
「スーはパパンとたまにシュールストレミングを食べてるから平気」
「そ、そうなんだ……」
あれを食べたことあるのか……すごいな。
そんな匂いに耐えながら、僕たちは木の陰に身を潜め、息を殺してゴブリンたちが通り過ぎるのをじっと待った。
だが――向かい風が、知らぬ間に追い風へと変わっていた。
「(ヒクヒク)………ギャア?」
「あっ……風向きが変わった」
「嘘でしょ!?」
すると、横切ろうとしていた最後の一匹のゴブリンが、ピタリと足を止め、鼻をヒクヒクと動かし始めた。
そして、何かに気づいたのか、キョロキョロと辺りを見回し、こちらを振り向き。
「ギャアッ!」
ぼくたちの存在に気づかれてしまった。
「ギャーーッ!!」
ぼくたちに気づいたゴブリンたちは、甲高い声を上げて武器を構えながら突撃してくる。
目の前に迫るゴブリンたちに、雛は――
バシンッ!!
鞭を勢いよく地面に叩きつけ、乾いた音が響く。
「見つかったんならしょうがないわ。正面から戦うしかないじゃない!」
そんな彼女の気合とともに、雛たち4人の戦いが始まった――。




