博士と問題児魔道具ーオレちゃんに自由を!ー 2
『しくしくしく……ひでぇよ、博士ぇ……まさかアカウントごと消すなんて……鬼、悪魔……』
空ちゃんにゲームのアカウントを削除された銃型の魔道具は、彼女の手の中でしょんぼり泣いていた。
「はい、これが私が開発したMWS(Mogami Weapon System)シリーズの試作品のひとつ、最上式魔装突撃銃。その名も“疾風のストラトス”だよ!」
泣き続ける魔道具の声なんてまるで気にしていない様子で、空ちゃんは僕たちに向かって爽やかに紹介する。だが――
……“疾風のストラトス”?
どこからどう見ても、中二病全開なネーミングに、つい言葉が漏れた。
「……何? その“疾風のストラトス”って……」
「どお? カッコいい名前でしょ! やっぱり自分の専用武器には名前が必要だよね!」
『しくしくしく……オレちゃんは、もっとカッコいい名前がよかっ(カンッ!)ちょっとどつかないでくれよ、博士!』
空ちゃんは笑顔のまま、泣いている魔道具を軽く小突いた。声を低くし、囁くようにして怖いことを言い出す。
「……ストラトス。いい加減泣き止まないと、あんたのチップを炊飯器に移して、どこかのむさ苦しくて汗臭い男子学生寮に寄付しちゃうかもよ? それとも、碧お兄ちゃんの家の倉庫にある、今にも壊れそうなボロボロの耕運機と一緒にしてあげようか?」
空ちゃんの圧のかかったブラックジョークに、ストラトスは一気に焦り始めた。
『は、博士!? じょ、冗談だよなっ!? オレちゃん、嫌だぜ! 毎日むさ苦しい野郎どものために米を炊いたり、一生土いじりなんて……絶対ごめんだ!』
「さあ、それはあんた次第ね」
短い沈黙が流れ――
『くぅぅぅ……オレちゃんが悪うございました……』
まるで地獄を想像したかのようなトーンで、ストラトスはしょんぼりと謝り始めた。炊飯器にされた自分とか、耕運機の上で砂埃にまみれる自分を想像してしまったんだろう。正直ちょっと笑ってしまう。
「はい、よろしい。(じーーー)……って、どうしました、スージーさん?」
空ちゃんがふと視線を横に向けると、そこにはいつの間にか彼女にじわじわと接近していたスージーさんがいた。無表情のまま、空ちゃんの魔道具をじっと見つめている。
その目が……きらきらと輝いている。
「……銃、いいなー……スーも欲しい」
まるで光に吸い寄せられる虫のように、スージーさんはじりじりと近づいていたのだ。
「持ってみますか?」
空ちゃんが気軽に差し出す。
「いいの?」
『ちょっ!? 博士っ!?』
土で汚れた手を伸ばそうとするスージーさんに、ストラトスが悲鳴を上げた。
『ちょ、ちょ、ちょっ!? 待ってくれ、嬢ちゃんっ!? その汚れた手でオレちゃんに触らないでくれよ! オレちゃんのボディが汚れちま――ぎゃあああーーっ!?』
……だが、止まらない。スージーさんは目を輝かせたまま、空ちゃんからストラトスを受け取る。
その瞬間、ストラトスの叫びが周囲に響き渡った。
相変わらずの無表情ではあるが、ストラトスを構える彼女の姿からは、どこか楽しげな雰囲気が感じられた。
それを見た千香がぽつりと口を開く。
「スーっちは、どうして銃を買わないッスか? ほぼ毎日ダンジョンに潜ってるスーっちなら、買えそうな気がするっスけど……」
「たしかに……」
僕も思わず頷いてしまった。毎日ダンジョンに通ってるスージーさんなら、頑張れば買えそうだと思ったからだ。
空ちゃんが開発した銃型の魔道具は、今では普通に冒険者組合公認の店で販売されている。
1丁10万円と高額ではあるが、スージーさんはほぼ毎日ダンジョンに通っているし、買える余裕はありそうに思える。
するとスージーさんは、背後に控えるスージーズを指差してぼそっと言った。
「スージーズの破れた服を直したりしてるから、ノーマネー」
ああ……なるほど。あのゴーレムたちに着せている服か。たしかに、数も多いし、あんな戦い方をすればすぐ破れるだろうし……でも。
「……それって、普通のゴーレムを作って戦えばいいんじゃ……」
「スーとそっくりなスージーズで戦うのがいい……それがスーのポリシー」
いつも通り無表情のままだが、その言葉には不思議なこだわりと情熱が込められていた。
その話を聞いた空ちゃんが、ふと思い出したように軽く手を打った。
「あ、それじゃあ、私がスージーさんに銃型の魔道具をプレゼントいたしましょうか? ちょうど、雛お姉様たちの護身用のために何丁か頼む予定なので……でも、その代わりに」
空ちゃんはスージーさんを連れて少し離れた場所へ移動し、こそこそと何かを話し始めた。
その表情は、かなりニヤついていた。
「あんなエロガキみたいな顔しちゃって……きっと、魔道具を渡す代わりに碧君そっくりのゴーレムでもお願いしてるんじゃないの?」
「きっと、そうッスね」
「違いないの〜」
「いや、空ちゃんのことだから、それだけじゃないと思うな。きっと雛たちそっくりのゴーレムも頼んでるに違いない」
「ありえるわね……そろそろどうにかしないと、ね……」
そうやって、僕たちは二人の内緒話が終わるまで話し合っていたが、ようやく話が終わったようで、やっと出口に向かって進み始めたのだった。




