ブレイク・イン・ダンジョン
豊橋駅から徒歩5分のところに存在するDランクのダンジョン。
このダンジョンは主にゴブリンが出現するため、通称「ゴブリンダンジョン」と呼ばれている。内部には広大な森林フィールドが広がっており、その面積は冒険者組合の調査によると、東京ドーム約4個分にもなるという。
僕たちはスージーさんと合流し、混雑する入り口で人の流れに身を任せながら、ダンジョンの中へと入っていった。
途中、ちらほらと見覚えのあるクラスメイトの姿を見かけ、目が合えば軽く手を上げて挨拶しながら、奥へと進んでいく。
ひとたびダンジョンの中に踏み入れると、そこには見渡す限り木々に囲まれた森林フィールドが広がっていた。まるで僕たち冒険者を歓迎してくれているかのような空気が漂っている。
周囲では、これから探索を始めようとする冒険者たちが、それぞれの方角へと動き始めていた。
「えっと、空いている場所は……あそこが空いてるな」
僕は周囲を見渡し、他の冒険者たちの邪魔にならないスペースを探す。空いている場所を見つけると、僕たちはそこへ移動した。
そして、探索に向かう冒険者たちが不思議そうな顔で、入り口付近にとどまっている僕たちを見てくる中――
「えっ!? そんなことして大丈夫なのか!?」
「……たしかに、ちょっと考えたことはあるけど、ここでそれをやる勇気はないかな……」
次の僕たちの行動を目にした冒険者たちは、まるで信じられないものを見たかのような目で、驚きの声を上げた。
それもそのはず。
凛がマジックバックからビニールシートを取り出し、僕たちがその上に腰を下ろし始めたかと思うと――
ダンジョンに入って早々、僕たちがまさかの休憩を始めたからだ。
「……ああ、落ち着くなあ」
僕は、家から持ってきた水筒の温かいコーヒーを少しずつ飲みながら、ホッと一息ついた。
本当にハイキングに来ているかと思われても仕方ないほど、僕たちはのんびりとブレイクタイムを満喫していた。完全に場違いなのは分かってるけど、やめられないんだよね。
「ん〜……皮肉だよね。ダンジョンの中のほうが、よっぽど空気が澄んでるなんて……」
シートの上に寝ころんだ空ちゃんも、体を伸ばしながらのんびりと答えた。
このダンジョンのようにゲートから入るタイプは、現実とは別の異次元空間に存在しているため、ビルが立ち並ぶ都会ならではの車の排気ガスに満ちた汚れた空気とは無縁だ。とくにこの自然豊かなフィールド型ダンジョンでは、澄んだ空気の美しさがひときわ際立って感じられる。
「あおぽん、どれくらい休憩したらスーたちは出発するの?」
「ん~……そうだね。あと5分くらい休憩してから行こうかと思ってる」
スージーさんに聞かれた僕は、ダンジョン内の別空間に広がる空を見上げながら答える。家で留守番しているルトたちのことを考えると、17時くらいには帰りたい。
「おけおけ。りんぽん、そのお菓子、スーにもプリーズ」
「オレンジ色と青色、どっちがいいの~?」
「両方プリーズ」
スージーさんはそう言いながら、凛に手を差し出した。凛が持っていたのは、表面に芋虫の絵が可愛くデフォルメされて描かれた、『ロシアンワーム』という初めて見る謎のお菓子だった。クッキーのようにも見えるが、どこか粘り気のある独特な質感で、見た目のインパクトに反して甘い香りがふんわりと漂ってくる。
「……この青いやつ、ソーダ味?」
「わたしがさっき食べた赤いのは、トマトみたいな味だったの~」
食べてみないと分からない――まさに名前の通り、恐ろしいお菓子だ。
「碧君。午前中から潜ってた山田さんたちから話を聞いたんだけど、やっぱり奥の方は空いてるらしいわよ。入り口付近は人でいっぱいみたい」
「……やっぱ今日は奥ッスか。帰りが大変そうッスね」
そして雛と千香はというと、午前中にダンジョンに入って出ていくところだった、太縁の眼鏡が印象的なクラスメイトの女の子・山田さんたちから、現在のダンジョン内部の様子を聞いてくれていたようだ。
「ありがとう、雛。……じゃあ、もう少ししたら出発しようか」
「ええ、魔物がいなくなるわけじゃないしね」
他の冒険者が大勢潜っているにもかかわらず、魔物を探すのに苦労することはほとんどない。この広大すぎるフィールドのおかげで、獲物の取り合いになる心配もないのだ。
これは、ダンジョンが討伐された魔物の数に応じて、新たな魔物を自動的に補充しているのではないか――そう考えられているからだ。
――そして、この後、初めてスージーさんの戦い方を僕たちは見ることになるのだが、想像していた戦い方と違って驚くことになる。




