微笑みの裏に
「はい、これで最後っと」
僕は、階段に散らばった荷物を拾うのを手伝っていた。
先ほど大きな音を立てた原因は、生産系の職業持ちがスキルの練習のために使う金属の棒だったようだ。
この学校では、金属の棒以外にもスキルの練習に必要な物は、担任の先生に申請書を出せば、よほど貴重なものでなければ学校側が用意してくれることになっている。
「手伝ってくれてありがとうございます」
そう言ってお礼を言いながら、申し訳なさそうに僕から荷物を受け取ったの彼女は――御影律さんというらしい。
ショートカットの髪がよく似合う、切れ長の目と小柄な体型の女の子だ。……小柄といっても、僕より十センチほど背が高くて、なんだか負けた気持ちになる。
「いやー、ごめんね。関係ないのに手伝ってもらっちゃって」
ニコニコしながら話しかけてきた、もう一人の女の子――久留間ひよりさん。
制服は少し着崩していて、ふわふわとしたセミロングの明るい茶髪が印象的だ。最初に見たときは、ちょっとだらしない人かと思ったけど、話してみると明るくて、誰とでも仲良くなれそうな雰囲気の持ち主だった。
そして、僕のほかにもう一人、階段に散らばった荷物の片付けを手伝っていた人物がいた――夏美さんだ。
夏美さんも、階段近くの通路を通りかかった際、僕と同じように金属が落ちるような音を耳にし、少し遅れて駆けつけてきた。
「御影さん。今回は階段の下に人がいなくて事故にならずに済みましたが、次からは両手いっぱいに荷物を抱えて運ぶのはやめてくださいね」
「はい、すみませんでした」
「うん、よろしい。そして……」
夏美さんはやんわりと御影さんに注意すると、なぜか僕のそばに来て、背後から肩に手を置いた。
「今回のこと以外にも、御影さんは彼にお礼を言わないといけませんよ。あなたがする予定だった入学式の新入生代表の挨拶を代わりに務めてくれたのは、この碧君ですからね」
「えっ!? そうなんですか!?」
「えっ!? 御影さんが主席!?」
僕と御影さんはお互い目を見開き、信じられないものを見るような表情で見つめ合った。
――えっ!? 御影さんが主席ってことは、僕よりもレベルが高いの!?
主席がどんな人なのか気にはなっていたけど、僕のイメージしていた人物像とは違い、ごく普通の女の子だったことに内心驚きを隠せない。
ちなみに、僕がイメージしていたのは、いかにも戦いが好きな戦闘狂タイプだ。
「よかったじゃん、律。この前、時間できたら新入生代表の挨拶を代わってくれた人にお礼言わなきゃって言ってたし、手間が省けて良かったじゃん。……でも、お礼を言う前にまた助けられるとか、ちょっとウケるんだけど」
久留間さんが腹を抱えてケラケラと笑いながら御影さんに話しかける。
「灰城さん、私の代わりに新入生代表の挨拶をしていただいて……ありがとうございます、ありがとうございます!」
御影さんは何度も僕に頭を下げ、「今度なにかお礼をさせてください」と言ってくれた。けれど、みんなが広場で待っているのを思い出した僕は、やんわりとその申し出を断り、卵から孵ったシホを見てみたいという夏美さんと一緒に広場へと向かうのだった。
※
――そして、僕と夏美さんの姿が見えなくなってしばらく経った廊下では、御影律と久留間ひよりの二人が、僕がいた場所を静かに、じっと見つめながら立ち尽くしていた。
人気のない廊下に二人きり。御影律は自分の胸を押さえ、苦しげに顔を歪めながら、親友である久留間ひよりにかすかに呟く。
「……あの人が灰城碧君か。最上空の大切な人――いい人だったね……でも、これから私が合同ダンジョン探索でやらなきゃいけないことを思うと、胸が痛いよ……」
そんな律のつらそうな表情を見て、久留間ひよりも心を痛めながら、そっと彼女の手を握り、励ますように言葉をかける。
「でも、律。あいつの言うことをやらないと、今度こそ律のお母さんが危ないんでしょ。つらいだろうけど……やるしかないよ。律のお母さんを助けるためにも……」
そう言って、久留間ひよりは御影律をそっと抱きしめる。二人は廊下で抱き合いながら、静かに涙を流すのだった。




