泣き顔と欠伸
お昼休みになり、机を向かい合わせにしていつものお昼ご飯の準備をしていた。あとはいつものメンバーで、結菜が来るのを待つだけだ。
教室に入ってきた結菜の顔を見て、僕は肩をすくめて苦笑いした。
「うぐ、うぐ、うぅー……、アニキたちと一緒に行きたかったよ~」
結菜の涙声に、教室の空気が一瞬固まった。
(あー、やっぱりこうなっちゃったか)
彼女は涙をこらえながら俯き、ふらつく足取りで教室へと入ってきた。
「はぁー……、泣くんじゃねーよ結菜。別に今生の別れでもあるまいし」
「えっぐ、だ、だって、せっかくアニキたちと一緒に行けるって、すごく楽しみにしてたのに……」
「あーもう……碧、こいつなんとかしてくれよ。お前たちと別行動って担任に聞かされてから、ずっとこの調子なんだ」
梅花さんが気疲れした様子で僕に助けを求めてくる。どうやら必死になだめようとしたみたいだが、その努力は失敗に終わったらしい。
「あー、よしよし。学校が決めたことだし、しょうがないよ結菜。元気出して」
クラスメイトが見守る中、僕は結菜の傍へ行き、彼女の頭を撫でようと手を伸ばす。
(う……届かない……!)
「ぐすっ、アニキ、無理しなくていいですよ?」
つま先立ちをして顔を赤らめながら精いっぱい背を伸ばすが、背の低い僕にはどうしても結菜の頭に届かなかった。
「……傍から見たら、姉を慰める妹って感じだな」
「男なのがもったいない」
「あー、灰城君惜しい」
「もう少しで手が届きそうなのに……」
「それで、碧君はどうするの?」
空ちゃんたちを含めたクラスメイトたちは、微笑ましくその様子を見守っていた。誰かが小さな声で応援したり、笑い声が聞こえたりして、教室は暖かい雰囲気に包まれていた。
しかし、蓮華先生だけは目を閉じて眠たそうに頭を揺らして船を漕いでいた。ちょうど先生が座っている場所に日の光が差し込んで、眠気に誘われたのだろう。
結菜の頭を撫でて励ますことに失敗した僕は、泣いている彼女を優しく抱きしめ、背中をポンポンと軽く叩いて慰めるが、なかなか泣き止まない。
(んー、困ったなー。この調子じゃ午後の授業中もずっと……)
結菜をどうやって慰めようかと考えていた時。
「すぴー……」
背中から聞こえてくるシホの静かな寝息に気づいた。
「……あ」
僕はふとあることを思いつき、そっと体の向きを変えた。
「ねぇ、結菜。ちょっと、こっちをみてくれる?」
「……何ですか、アニキ?」
優しく語りかけながら、僕は背中を少しずらし、まだ寝息を立てているシホを彼女に見せた。
「え……? ええっ!? まさか、卵、孵ったんですか!?」
涙でぼやけた目で僕を見上げた結菜だったが、僕の背中にいる存在に気づき、目を見開いた。
「そうだよ、この子の名前はシホって言うんだよ」
「シホちゃんですか。かわいいですね」
少し身を屈め、まじまじとシホの寝顔を見て、頬を緩めて彼女に見とれる結奈。
「かわいいよね―――しかも、この子は結菜が入った後に孵ったから、ある意味結奈の妹分だよ」
「妹分……? はっ!? ついにあたしにも妹分が!?」
目を見開いて驚く結菜をよそに、僕たちを見守っていた空ちゃんが、すかさず話に割り込んだ。
「ちょっと!? かわいい妹がここにいるって忘れてない!? むぐっ……!?」
「はーい、ちょっと静かにしましょうね」
だが、雛によって、空ちゃんは口を塞がれる。
「今はシホが寝てるからいいけど、この子が起きた時に、その泣いた顔をこの子に見られてもいいの?」
僕は寝ているシホの寝顔を眺めながら、結菜に問いかけると、彼女は上着の袖でゴシゴシと顔を拭きはじめ、目の輝きを取り戻し始める。
「いいえ、ちっともよくないです、アニキ。この子の先輩で姉貴分のあたしの情けない姿なんて見せられません!」
結菜がそう僕に言い放った直後。僕の耳元からシホの寝起きの欠伸が聞こえた。
「きゅあ~……きゅー……」
「あ、やっと起きたね、シホ。おはよう」
「きゅー……、きゅあぁぁ~……」
シホは大きな欠伸をしながら僕に返事を返す。すると、シホの喉奥が光りはじめた。その瞬間、目の前で彼女を眺めていた結菜が危険を察知し、慌てて身を引いた。
「っ!? 危ない!!」
シホの口から出たピンポン玉サイズの白銀の火球は、結菜の顔をかすめ、不安定に揺れながら小さくなっていく。そして、居眠りしている蓮華先生の頭上で、ほんのわずかに火花を散らして消滅した。
だが、消滅がわずかに遅れたせいで、眠っている蓮華先生の頭上から煙が立ち始めた。
「蓮華先生! 起きて!」
「頭が燃えてるよ! 蓮華先生!」
「くか~……」
蓮華先生はぴくりとも動かず、ただ安らかに寝息を立てている。
「だめだ、完全に寝てる!?」
もしかして、高レベルになると暑さを感じなくなるんだろうか?
蓮華先生は、自分の頭が燃えかけているのに、まったく気にせず船を漕いでいた。
頭が揺れるたびに火の勢いが増し、このままではさらに燃え広がりそうだ。
僕はすかさず、最近習得したウォーターボールを手のひらに出現させ、素早く火を消した。
「ふ~……、危なかった。あっ!?」
「? どうしたッスか? 碧っち?」
「い、いや……なんでもない……」
冷や汗をかきながら、蓮華先生の燃えてしまった頭に、そっと回復魔法をかける。十円ハゲのようになってしまった部分を、誰にも気づかれないように元に戻すことに成功するのだった。




