不思議ちゃんの視える世界
「あおぽん、イエーイ」
凛が僕たちのところに砂遊岩スージーを連れてくると、彼女は僕の前に来て、独特の棒読み口調で話しかけながら、両手を上げてハイタッチの構えをとる。
どうやら、これが彼女なりの挨拶らしい。
「い、いえーい……」
僕はぎこちなくハイタッチを返した。
スージーはアメリカ人の父と日本人の母を持つハーフで、僕より少し背が高い。いつも無表情で、半開きの緑色のジト目が印象的だ。ふわふわとした丸みのある金髪のボブカットで、ゆったりめのダボッとした服を好んで着ている。
見た目の印象とは違い、彼女は意外と行動的で、一番印象に残っているのは、入学式直後の緊張したホームルームの後、教室の前に立ち、「砂遊岩スージーです。みんなよろぴこ」と妙に軽い口調で自己紹介したことだ。
彼女はクラスの空気を和ませる存在だった。
……ただ、たまに何もないところに話しかけたり、突然グラウンドの中心に寝転がって昼寝したりと、不思議な行動をたびたびするので、クラスのみんなからは『不思議ちゃん』と呼ばれている。
(昨日の授業中も、誰もいないところに手を振ってたっけ……)
「で、凛。どうしてスージーちゃんを連れてきたの?」
スージーが空ちゃんたちと順番にハイタッチを交わしているのを横目で見ながら、僕は凛に尋ねた。
「実は少し前から、スーちゃんに合同ダンジョン探索でパーティーに入れてほしいって頼まれてたの~。蓮華先生からの話もあったからちょうどよかったの~」
「え? そうだったの? 言ってくれればよかったのに。別に反対しないよ」
「碧君ならそう言ってくれると思ったの~、よかったねスーちゃん、パーティーに入って大丈夫だって」
「あおぽん、ありあり~」
皆にハイタッチを終えた彼女が凛の隣に立って僕にお礼を言ってくれるけど、彼女は相変わらず表情が変わらないから、喜んでいるのかわかりにくい。
そんな彼女が、ふと何か思い出したように言った。
「……あ、忘れてた」
彼女はそう呟くと、僕の背後をじっと見つめる。
さっきまで変わらない表情だったのに、ほんの少しだけ目が細められた気がした。
そして、まるでそこに誰かがいるかのように手を振りながら、話しかける。
「スージーだよ。あなたもよろぴこ」
「えっ!? スージーさん、誰に話しかけてるの!?」
突然、僕の背後の何もない空間に話しかける彼女を見て、思わず引きつった声が出た。
(僕、何かに取り憑かれてる!?)
そんな疑問を抱いた瞬間、スージーは僕の動揺をよそに、まるで別の話をするように言った。
「もー、あおぽんもりんぽんと同じようにスーちゃんって呼んで」
「わかった、僕もスーちゃんって呼ぶよ……じゃなくて! 僕の背後に何かいるの!?」
「うん、頭に触覚? 角? が生えた女の人がいるよ」
僕はゆっくりと後ろを振り向き、彼女が話しかけていた空間のあたりをじっと見つめる。
(……本当に、いるのかな?)
一瞬、目を凝らしてみるが。うん、僕には何も見えない。
「もしかして碧っちの先祖に妖怪の血が入ってたッスかね。で、その力が何らかの原因で暴走しそうだから、その妖怪の先祖が碧っちを守ってる的な感じッス」
「お~、じゃあ碧君は妖怪に変身できる可能性あるの」
「……魔物に変身できるんだから、妖怪になれたとしても違和感ないわね」
「きっと九尾の狐の獣人になるんですよ!! そして……ふへへ、わ、私が嫌がる碧お兄ちゃんのふわふわの尻尾をもふり倒してわからせるんです!!」
スージーの話を聞いた空ちゃんたちが好き勝手に妄想話を膨らませて盛り上がる。
「……みんな、好き放題言い過ぎ」
まあ、幽霊は梅花さんで見慣れてるしね。……でも、気になる。
「スーちゃん。他にその幽霊の特徴はある?」
「黄色い、ひらひらしたドレスを着てる」
「黄色い、ひらひらしたドレス……? 貴族っぽい感じ?」
「うん、それでお姫様みたいな服」
「なんでそんな人が僕の背後に……? 意味がわからない……」
スージーの答えが想像の斜め上すぎて、余計に混乱する。
昼休みに結菜が来たら、梅花さんを呼んでもらって、本当に幽霊がいるのか聞いてみようかな。
こうして、スージーのパーティー参加が決まった。放課後、合同ダンジョン探索の話し合いをするために集まる約束をすると、ちょうどチャイムが鳴り始めるのだった。




