卵の殻と銀色の翼 4
僕はシホと一緒に居間の扉を開けると、普段ならまだ畑で作業しているはずのルトとイクスが、居間で待っていた。僕たちが入ってくるやいなや、二人は嬉しそうにはしゃぎながら、バタバタと音を立てて駆け寄ってくる。どうやら先ほど部屋で立てていた音が畑作業中の二人にも届いたらしく、急いで作業を切り上げて待っていてくれたようだ。部屋に突撃してこなかったのは、事前に「もし部屋で卵が孵ったら、居間で待っていてほしい」と伝えておいたおかげだ。
ルトとイクスが慌ただしくこちらに駆け寄ってくる様子に、シホは「きゅあ!」と驚きの声を上げ、僕の後ろに隠れた。そして、僕の服の裾を翼の角で掴みながら、小刻みに震えている。
そんな震えているシホの翼にそっと手を添え、「大丈夫だよ。あの二人は君のお姉ちゃんたちだよ」と優しく囁くと、シホは「本当?」と言うような声で「きゅあ?」と弱々しく鳴いた。恐る恐る僕の背中から顔を少しだけ覗かせると、大きな目で二人をじっと見つめた。
傍に駆け寄ってきた二人は、新しい妹の誕生に興奮を抑えきれない様子で、シホに視線を向けながら声を弾ませて僕に尋ねる。
「ねえ、母さん母さん。その子が卵から孵った子だよね、だよね! 名前はなんて言うの?」
ルトの目はキラキラと輝き、興奮した声が止まらない。僕はそんなルトを落ち着かせるように微笑みながら答えた。
「ちょっと二人とも落ち着いて。この子の名前はシホって言うんだよ」
「シホって言うんだね! 私の名前はルト! あなたのお姉ちゃんだよ! よろしくね!」
ルトは僕の背中越しに見ているシホに、満面の笑顔で優しく話しかけた。僕の背後に隠れていたシホは、ルトの穏やかな声に安心したのか、少しだけ顔を覗かせ、「きゅう」と小さな声で鳴いた。その頬はほんのりピンクに染まり、緊張していた表情が少しだけ和らいで見える。
一方、イクスはというと、自分にも妹ができたことがよほど嬉しいのか、待ちきれない様子で勢いよく前に出ると、両手を腰に当て、胸を張りながら自信たっぷりに言い放った。
「くっくっくっ……はーはっはっはっ! やっとボクにも妹分ができたんだね!」
イクスはさらにふんぞり返り、「頼りがいのあるお姉ちゃん」を気取ったポーズを取る。少し子どもっぽい仕草ではあるが、本人はすっかり堂々とした態度だ。
なぜイクスがこんな態度を取るのかと言えば、空ちゃんが持ってきた「姉妹で困難を乗り切るアニメ」のDVDを観始めてから、お姉ちゃんという立場に憧れるようになったからだ。それ以来、暇さえあれば僕が抱えている卵に近づき、表面を撫でたり、元気よく話しかけたりして、孵るのを心待ちにしていた。
「妹よ! ボクの名前はイクス! ボクも君のお姉ちゃんだ! 困った時は存分に、このイクスお姉ちゃんを頼りにするがいいよ!」
その声の大きさに、シホは思わず身を縮めた。しかし、イクスが胸を張って得意げに笑う姿に興味を引かれたのだろう。僕の背中に隠れていたシホが、少し戸惑いながらも勇気を振り絞り、恐る恐る前に歩み出た。
しばらくすると、シホはルトとイクスの二人とすっかり打ち解けていた。三人はソファーに並んで座り、イクスが自身のスライムボディから触手を伸ばして、動物やキャラクターの形に変えながら話を始める。
「ほら、これウサギ! あ、こっちは鳥!」
そのユーモラスな姿に、シホは思わず声を上げて笑い、足をバタバタさせて楽しそうに揺れている。ルトも笑いをこらえきれず、「本当に器用だね」と感心しながら相槌を打つ。
部屋中に明るい笑い声が響き渡り、和やかな空気が広がっていた。
僕は、そんな娘たちの笑い声を聞きながら頬を緩め、朝食を作った。そして、登校時間になるまでみんなと談笑し、楽しい家族の時間を満喫した。




