卵の殻と銀色の翼 3
「……なんかさっきから体が熱くなってきてるような」
無事に卵から孵ったハーピィーの雛に「シホ」と名付け、僕のことを親として認めてもらい、これで一安心できるとほっとしていたのだが――体中がじんわりと熱を帯びている。特に顔や首元が熱く、額にはうっすら汗が滲んでいるのがわかる。
「きゅ~?」
僕は首元を掴んでパジャマをパタパタさせ、風を送り込んで少しでも涼を取ろうとした。すると、それをじっと見ていたシホが興味津々といった様子で首を傾げながら近づき、僕が動かすパジャマの首元の隙間を覗き込む。
「くくっ、ちょ、ちょっとシホ、服の中を覗いたって別に何もないよ」
シホの好奇心旺盛な仕草が愛らしく、つい笑みがこぼれる。
「きゅ~……、きゅあっ!?」
だが、覗き込んでいたシホが突然、驚愕した声を上げた。
「え!? どうしたの、シ……ホ……」
シホの驚愕した声に、僕は思わず動きを止めた。その瞬間、体中の熱が急に引いていき、代わりに全身を違和感が覆う。何かがおかしい――特に視界が妙に高いのだ。不安に駆られながら横の窓に目をやると、そこに映っていたのは明らかに僕ではない異形の姿……そう、シホと同じハーピィーの姿になっていた。
「え? 僕……ハーピィーに変身してる……?」
銀髪と瞳の色は変わらない。しかし、体は異様に成長し、身長は軽く百八十センチを超えている。胸元にはお茶碗くらいの丸みが生まれ、僕が初めてクイーンスライムに変身した時のように、どこか自分ではないような感覚に襲われる。そして――手が、いや、翼だ。
たくましい銀色の羽に変わり、完全に鳥の翼そのものだ。視線を下げると、下半身はまずお尻から膝にかけてしなやかな銀色の尾羽が生え、そこから先は鋭い爪を持つ鳥の脚に変わっている。突然、自分の意志とは無関係に変身してしまったことに、戸惑いを隠せない。そして疑問に思う――なぜハーピィーの魔石を吸収した記憶が一切ないのに、ハーピィーの姿に変わってしまったのか? 思い当たる節があるとすれば……。
「……もしかして、卵の殻を食べたから」
そう、考えられる原因はそれしかなかった。
「……元に戻れるかな」
自分の姿を見下ろしながら、少し不安げに独り言をつぶやいた。試しに元に戻れと強く念じると、身体が一瞬光に包まれ、元の姿に戻ることが出来た。
「きゅあ!? きゅ、きゅあー……」
「あ、ごめんね、シホ。びっくりさせちゃったね」
また、突然目の前で僕の姿が変わったことで、シホが驚きの声を上げる。尾羽がピンと立ちながら、僕の身体をペタペタと触ってくる。その表情は興味と不思議が混ざったようなものだった。
(ふぅー、よかった。元に戻れて……空ちゃんにはハーピィーになれることしばらく黙っておこう……)
この事実を空ちゃんに知られたら、最初にクイーンスライムに変身できた時のように、「ぐへ、ぐへへ、碧お兄ちゃん、身体検査しましょうね~」なんて言いながら、口元によだれを垂らしていやらしい笑みを浮かべ、僕の身体を隅々まで調べられそうだしね。
そんなことを思いながら机の上にある時計を確かめると、時計の針は午前六時を指そうとしていた。もうすぐ朝食を作る時間だ。そろそろ朝食を準備しないと、でもその前に……。
「まずは、シホの着る服を作らないとね……」
「きゅあ?」
自分の顔を見られて不思議そうに首を傾げる彼女は、現在、生まれたままの姿なのだ。
「よし、そうと決まれば、ちゃっちゃと服を作っちゃわないとね」
僕はタンスからTシャツを取り出し、ハサミで袖口と裾を切り落とした。それをシホに羽織らせ、風でめくれないように紐とボタンをつけて簡単に加工する。さらに、古着屋で買ったデニムをショートパンツにし、彼女が空を飛んでも落ちないようにサスペンダーも用意した。下着はルトのものを借りることにしたが、後で謝らなければならないだろう。
「きゅ~、きゅあ!」
服を着せると、シホは嬉しそうに部屋中を駆け回った。爪が床を叩くリズミカルな音が響き渡り、あちこち動き回りながら服の着心地を確かめているようだった。その姿は微笑ましく、いつまでも見ていたい気持ちにさせる。けれど、そろそろ下に降りて朝ご飯の準備をしなければならない。
机の上の時計に目をやり、再び時刻を確認すると、針は六時半に近づいていた。
「シホ、そろそろ朝ご飯を作らないといけないから下に降りるよ。……降りたら君のお姉ちゃんたちを紹介するね」
「きゅ!」
僕がそう声をかけて扉を開けると、シホは元気よく返事をして、一緒に下へ降りていくのだった。




