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卵の殻と銀色の翼 2

(……さあ、ここからが本番だぞ)


 ブルーちゃんから貰った卵を無事に孵すことに成功したけど、内心は穏やかではなかった。実はここからが本番で、この後の対応を少しでも間違えれば、例え僕が孵化させた当人だとしても、二度と親として認識してもらえなくなるからだ。


 ルトの通訳を通じてブルーちゃんから教わった「雛鳥との接し方」を思い出しながら、僕はじっとその時を待った。


(き、緊張するなー。深呼吸、深呼吸……)


「きゅー……」


 雛鳥の彼女が、小さく体を震わせながら一歩を踏み出そうとしている。けれど、不安なのか、足を進めるのをためらっているようだ。外見は成長の早さからすでに成熟しているように見えるが、まだ生まれたばかりの赤ちゃんなのだ。


 僕は彼女に余計なプレッシャーを与えないよう、声も出さず、動きもせず、ただ静かに見守った。


 ただ、彼女が僕に向かって歩み寄るその瞬間を、祈るような気持ちで待つしかないのだ。


「きゅっ!」


 そして、彼女は短く鳴いた後、何か決心したような表情を浮かべた。そして、足元にある自分の卵の殻をそっと口に咥え、恐る恐る一歩ずつこちらに近づいてきた。


「きゅ~……」


 僕のすぐそばまで来た彼女は立ち止まり、目を閉じて小さく体を震わせた。やがて、勇気を振り絞るようにもう一度短く鳴き、卵の殻を咥えたままの顔をゆっくりと僕の方に近づけてきた。


 ハーピィーの雛にとって、自分の殻を口に咥えて近づくこの行動は、「あなたは私の親ですか?」と問いかける、最も重要な場面である。そして、この雛が口に咥えた卵の殻を目の前で食べることで、初めて親として認識されるのだ。


(さぁ……、いよいよか……)


 僕は自分の卵の殻を咥え、目を閉じて待ち望んでいる彼女に顔を近づける。まるで親鳥が雛鳥に餌を渡すように、彼女から口に咥えた卵の殻を口移しで受け取った。事情を知らない人が見れば、きっと誤解されそうな光景だ。そして、受け取った卵の殻を彼女の目の前でバリバリと音を立てながら食べて、自分が親であることを証明する。


 最初は卵の殻なんて味がしないと思っていたが、実際に食べてみると、香ばしい風味とカリッとした歯ごたえ、まるでアーモンドに近い味がして、食べるのが苦にならなかった。


「きゅぴぃ~♪」


 やがて、僕が卵の殻を食べたことで安心したのか、彼女は上機嫌に鳴きながらベッドの端に腰掛けている僕に近づき、背中を向けると、そのまま僕の膝の上にちょこんと座った。そして、近くにある残りの殻を翼の角で掴み、食べ始めた。まだ生まれたばかりだからだろうか、彼女からはミルクのような匂いがする。それに、膝に座ったとき、空を飛ぶためなのか、そのあまりの軽さに驚いた。小学校高学年の翼ちゃんよりも明らかに軽い。体重は三十キロくらいだろうか。


(でも、卵が孵ってくれたのが自分の部屋でよかったよ。こんな恥ずかしいところ、他の人がいる前でやりたくなかったからね)


 僕は心底ほっとしながら一息ついていると、膝に座っている彼女が振り向き、にこっと笑顔で「きゅっ」と嬉しそうに鳴いた。そして、再び自分の卵の殻を口に咥えて、食べて欲しいとこちらを見つめてきた。その様子を可愛いと思いながら口移しで受け取ると、それを見た彼女が足をバタつかせて嬉しさをあらわにする光景が、部屋中に散らばっている卵の殻がなくなるまで、数分おきに何度も繰り返されるのであった。


十分後。


「……じゃあ、そろそろ名前を考えてあげないとね。」


「きゅ?」


「何て名前がいいかな~、う~ん……。」


「きゅ~~?」


 僕は顔を斜めに傾けながら彼女の名前を考えていると、それを見ていた彼女も一緒になって首を傾げて真似をした。


 次々に殻を口に運ぶうちに、気づけば部屋中に散らばっていた殻はすっかりなくなり、一つ残らず食べ尽くしていた。そして、彼女の名前を考えながら、手の中にある最後の卵の殻を口の中に放り込み、食べ終えたその時、不意に頭の中で銀色の炎を纏った鳳凰が羽ばたき、空を舞う光景が鮮烈に浮かび上がった。


「銀色の炎を纏った鳳凰か……よし、決めた!」


「きゅきゅ?」


「今日から君の名前はシホだよ。よろしくね、シホ!」


 僕がそう名前を呼びかけると、シホは「きゅあ!」と鳴いて翼を広げて喜びをあらわにしながら、僕の呼びかけに答えるのだった。

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