とある雑誌記者の突撃取材の代償 3
「はぁ、はぁ……やっと霧が晴れたか……はぁっ!? どこだよここは!?」
魔法を放ち続け、やっと鬱陶しい霧が晴れて辺りを見渡すと、そこは先程まで俺がいた場所とは違い、少し地面が斜めになり、木々に囲まれた薄暗い山の中に立っていた。
「ここは、ひょっとしてさっき向こうで見えてた山の中か……ちっ! こうも薄暗いと何も見えねぇじゃねぇか……」
俺は苛立ちながら辺りを見渡すが、周囲の木々のせいで薄暗く、森の奥までは確認できない、おまけに風によって擦れた木々の葉音はまるで恐怖を駆り立てるように人の悲鳴のように聞こえてくるしまつだ。
「しかし、何だったんだあの霧は、それに俺をこんな山の中に移動させらがって、もしかしてこれは灰城碧の仕業か……、だが、事前に調べた限りじゃあのガキとその関係者にそんなことができる情報はなかったぞ……、でもこれであのガキに新たに聞くネタが増えたな、何が何でも俺の取材を受けてもらわねぇとな、はっはっはっ!!」
俺は高笑いしながらカバンの中からメモ帳を取り出そうとして、ふとパンパンに敷き詰められた魔力草を見て、ふと急に昔ダンジョンで経験したことが頭によぎり、そのことを思い出しながら呟いていく。
「……確か、あの時も大量の魔力草を見つけた後、ダンジョンの中で土砂降りになって……雨が止んだ時には違う場所に転移させられていたな……やばい、とっととここから逃げ出さねえと」
昔体験した出来事と今状況が重なり始め、段々俺の顔が血の気が引いて顔が青くなっていく。
(や、やべぇ!? もうあのガキの取材何てどうでもいい!? 早く逃げねぇと殺される!?)
頭の中が恐怖でいっぱいになり、全身に尋常ではないほど冷や汗を流して震えていると、森の奥から二人の女性の話し声が聞こえ始めた。声は徐々にこちらに近づき、そのたびに肌に張り付くような冷たい圧が襲いかかり、本能が「逃げろ」と囁いてきて、俺は逃げようと足を動かそうとしたが、恐怖で足に力が入らず、前のめりに倒れて転んでしまった。
「あ、足が震えて動かねぇ……、もう逃げられねぇ……」
そして、俺は逃げることも出来ずに諦めていると、やがて話し声の二人が俺の目の前に姿を現して、その恰好を見て一瞬時が止まった。
「うー……、せっかくルトにゃんと昼寝をしてたのに、ミャーを連れてくるなんてひどいにゃん。清姫にゃんだけで良くないかにゃ?」
俺の前に姿を現したのは、けだるそうに目を細めながら大きなあくびを漏らす、中学生くらいの見た目をした魔物の少女だった。彼女の頭には猫耳があり、腰にはふわりと揺れる尻尾がついている。水色のチャイナ服を着ており、どこか愛嬌を感じさせる。
「戯け! いつも見回りをサボってるだろうが! たまには働かんか!」
そんな少女を叱りつけているのは、腰まで伸びた銀髪を持つ女性だ。見た目は大学生くらいで、着ている白いTシャツには達筆で『私の主は世界一っ!!』と書かれた文字が目立っている。ややつり目で、その顔立ちはどことなく灰城碧に似ていた。
(な、何なんだ、こいつら……、こんな奴がいるなんて情報になかったぞ、早くここから逃げねぇと……ぐえっ!?)
二人が話している間に、俺は這ってでも逃げようと手足を動かした。しかしその瞬間、鋭い痛みが背中を走った。銀髪の女性が片足で俺を強く押さえつけたのだ。土の冷たさが皮膚にじわじわと染み込み、声にならない呻きが喉奥から漏れた。逃げるどころか動くことすら叶わなかった。そんな俺を無視して、二人の会話は続いていく。
「え~……、だって~ミャーはルトにゃんたちに愛嬌を振りまくのが仕事だから、ちゃんと仕事してるにゃよ。それに見回りも天気がいい日にたまにやってるにゃん!」
猫耳少女は尻尾を左右に揺らしながら、抗議するように言った。
「毎日やらんか! ど阿呆!」
「にゃー……痛いにゃん」
能天気な笑顔で答える猫耳少女の頭に、銀髪の女性が容赦なく拳骨を落とす。少女は手で頭を押さえながらうずくまった。
俺は背中の痛みに耐えながらそのやりとりを黙って聞いていると、また知らない女性の陰湿な笑い声が後ろから聞こえてきた。
「くっくっくっ……駄猫ざまぁ。いい気味、清姫様、もっとやっちゃってください」
「痛つつ……よくも笑ってくれたな蜘蛛女……お前はいつか泣かしてやるにゃん」
「あ゛あんっ! やれるもんならやってみろや駄猫!」
「上等にゃ! ミャーがボコボコにしてやるにゃん!」
「止めんか! 二人とも!」
俺はそのやりとりを聞きながら、新たに聞こえた声の方に顔を向けると──。
「ひぃっ!? アラクネ!?」
そこには、かつて俺が冒険者を諦めるきっかけとなった元凶、下半身が蜘蛛で上半身が女性の姿をしたアラクネという魔物が立っていた。




